ライブ予定通り、但し飲食談話のみカット 

毎日、状況が激しく変化しておりますが、
3/22(日)のライブは、
よほどのことがない限り、やるつもりでおります。

(よほどのこと、というのは、外出禁止令が出るとか、私自身が37.5℃の熱を出すとかです。)

ただ、このライブシリーズでは従来、
終演後にお飲み物をお出ししてポストトークを行っておりましたが、
この飲食とトークについては、割愛させていただきます。
(終演後の自由参加形式でしたので、料金はそのままとさせていただきます。)

熱のある方、咳・くしゃみが継続的に出る方は、ご来場をお控えください。
そーっとやりますので、皆様、そーっとお越しくださいませ。

(“よほどのこと”が起きたら、このブログを更新いたします。)

------------ 以下告知 ------------

舟沢虫雄 (Mushio FUNAZWA)
電子持続音ライブ
「元型ドローンVol.19」



2020年3月22日(日)18:00 Start
¥1500
会場:東京 六本木 ストライプハウスギャラリー
東京都港区六本木5-10-33-3F [地図]

↓練習風景

なんとなくみすぼらしい叡智 

長く生きていれば、人生には、
物語としてはつじつまの合わない出来事が、
いくつか生じてくる。
人生は、一編の物語とは、かなり違うもののようだ。

つじつまの合わない状況下で、気づいたことがある。
「自分に嘘をつくことは、
自分以外のすべての人に嘘をつくことにつながり、
自分以外の誰かに嘘をつくことは、
自分に嘘をつくことにつながる」
ということだ。

当たり前といえば当たり前だが、
不思議といえばこんなに不思議なことはないし、
簡単といえば簡単だが、
難しいといえばこんなに難しいことがあるのか、と思う。

嘘をつくのが非常に難しい性格がこの困難な状況を作り出しているようにも思えるし、
嘘をつくのが非常に難しい性格だからこの程度で済んでいるのだろう、
これが嘘をつける人だったらどうしようもない状況になっているだろう、とも思う。

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私が若い頃には「自分探し」という言葉もなかったので、
「若い人がはまり込む自分探しの罠」みたいな話は、
私にはよく分からないのだが、
少なくとも「自分が思う自分らしさ」というのは、
「本当の自分」よりも必ず、少し小さい。
「こうするのは自分らしい」とか、
「こういうことをするのは自分らしくない」とか、
そういう判断をしている時点でもう、
少し、或いはかなり、自分を狭くしている。
自分とは似ても似つかぬ怪物が夢に出てきたって、
それは自分の無意識が作り出しているのだから、
自分の一部に統合できるはずだし、
好きになれない人だって、
自分は好きになれない、
と自分で決めつけているだけかもしれないわけだから。

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だが、そうは言っても、長く生きていれば、
“到底受け入れられない状況”
はやってくるし、
“絶対に受け入れてはならないもの”
だって、人生には侵入してくる。

そういう状況下では、
「こうすればこっちに対して嘘になるし、
こうすればあっちに対して嘘になる。
こうすれば今の自分に対して嘘になるし、
こうしなければ今までの自分に対して嘘になる。
一体どうするのが、
自分にも、自分以外の人々にも、適切なのだ?」
という判断が、非常に難しい。
本人は気力を振り絞って、
誰に対しても、何に対しても嘘にならないよう、
その状況に対処しているのだが、
周囲から見れば、何が起きているのかよくわからない。

そういう状況をあとから思い返すと、
「ああ、やはりああするのが適切だったよな」
と思う。

だが、自分に嘘をついたり、
他人に嘘をついたりする癖がついているような人は、
歳をとってから現れるこういった状況に、
対処できなくなっているのではないだろうか。
そして、
「対処できずに自我が崩壊してしまう人」と、
「どうにかこうにか状況に対処している人」は、
周囲から見ても、
殆ど判別できないのではないだろうか。

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「絶対に正しいこと」に対してどうふるまうか、
「絶対に間違えていること」に対してどうふるまうか、
「絶対に正解がない」ことに対してどうふるまうか、
「自分自身」に対してどうふるまうか、
「自分ではないもの」に対してどうふるまうか、
結局は、「自分次第」ではある。

自分以外の人も似たようなことを思っていたり、
或いは思っていなかったり、
他人に「自分だけの真実」を押し付けたり、
そのために何とかして他人に嘘をつかせようとしていたりするわけだから、
おのずと人生は複雑になっていく。
対処は難しい。

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経験によってのみ蓄積されうる、
こういった法則のない“叡智”のようなものは、
どういうわけだか、なんとなく、
みすぼらしい。

「しょうがねぇなあ」
と困惑しながら、人生の後半を進む。

“静かな場の生成”という成功基準 

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何十年やっても、慣れもせず、ノウハウも蓄積しない、
「チラシ配り」というものをやっていて、
先日、楽器屋さんに置かせていただいた折、
電子楽器の世界では有名な某店の名物店員さんに、
「何をもって成功とするかですね。」
という問いをいただいた。
ライブなり、イベントをやる際に、
何がどうなったら、「成功」と呼べるのか。
それによって、告知、宣伝の方法は変わってくるだろうと。
それに対して、その場では、
「体が動くうちにやれることはやっとくんです」
と応じたのだが、
あまりいい受け答えではなかったと自分でも思う。

あらためて一人になって考えてみるに、
当初から、この「元型ドローン」と銘打ったライブシリーズは、
「静かな場の生成」
を目標としているので、
それができたら「成功」だと言える。

そして、回を重ねるごとにわかってきたことだが、
その「静かな場」は、来て下さる方々の、
人数とはあまり関係がないように思う。
あの特別な空間は、来て下さる方々の、
意志というか、信頼のようなものによって、
会場が一体となることで生じているように実感される。
誰もいない場所で一人ぼっちで静か、
というのとは全く違う、あの信頼の空間は、
来て下さるお客さんあってのものだ。

その静かさを実現するために、
お客さんには前もってスマホを電源から切っていただいているし、
ドリンクは終演後にお出しする。
普通のライブハウスよりはちょっと厳しいかもしれないが、
普通の舞踏・普通の演劇ぐらいと思えば、まあ普通である。
その上、普通の舞踏・普通の演劇よりは上演時間が短いので、
チラシを見てなんとなく来て下さる方でも、
集中が途切れることはないだろう。

そんなわけで、今回も「静かな場」を目指します。

------------ 以下告知 ------------

舟沢虫雄 (Mushio FUNAZWA)
電子持続音ライブ
「元型ドローンVol.18」

2019年10月27日(日)18:00 Start
¥1500
会場:東京 六本木 ストライプハウスギャラリー
東京都港区六本木5-10-33-3F [地図]

電子持続音によるミニライブです。
演奏時間は50分程度を予定しており、
黙々とした、“静かな場”の生成を望んでおります。
よろしければ是非お越し下さいませ。

(演奏後に簡単なお飲み物とポストトークがありますが、
こちらは自由参加となります。)

意志を持って購入 

マイケル・ジョン・フィンク氏のニューアルバムが出ていることに気づくのに、
私は数か月かかった。
レーベルのサイトには出ているが、
公式サイトには、2019/9/21日の時点で、
いまだに告知されていない。
通販サイトで次から次へと、
様々なものを「おすすめ」されているせいか、
知らないうちに、
「自分好みの新譜は放っておいても目の前に差し出される」
と思ってしまっていたようだ。

新譜が出てるのを知ったとはいえ、
すぐに飛びつくものでもなかろう。
そのうち、いつもの通販サイトで買えるようになるだろう。
そう思って、しばらく様子を見ていた。

数か月を過ぎても、買えるようにはならない。

仕方なくダウンロード販売でデータを購入したものの、
やっぱり非圧縮のものが聴きたいし、ジャケット内の様子も見たい。

そもそも、これほど各種通販サイトでの発売が遅い、
というのがちょっと不気味である。
ひょっとしてCDでの物理販売がされていないのだろうか、
と思って検索すると、
海外ならところどころ、CDで売っているらしい。

これは推測だが、
「ものすごく少ない量プレスしたのではないか」
「世界中でCDの転売業者が減ってきてるのではないか」
などと考えるに至った。

そこで、英語のサイトを物色し、
海外から、CDを1枚、買った。



アメリカの作曲家、アメリカのレーベルだが、
私はベルリンのお店から買ったらしい。
「Made in Berlin」というステッカーが入ってた。
届くのに2週間かかったが、
紙ジャケなので、ケースは割れていなかった。
(まあ割れていたってプラケースなら替えられるけど)

グローバル時代になっても、
結局、優れたものは自力で探し、
自力で手に入れる。

いやむしろ、グローバル時代だからこそ、
こういうものは、
意志をもって購入する。

こんなに繊細で静謐なもの、
インターネット上にあったって、
みんな聞き逃してしまうではないか。
私だって、1980年代、
池袋にあった「ART VIVANT」というお店で、
この人のレコードを購入したから今があるのであって、
ネットの喧騒の中にこれがあっても、
前知識がなかったら、
気づかずに「スキップ」していたかもしれない。

グローバル・サイレンス。
地味なものこそ、意志を持って。
発信側も、受信側も。

運命と自由、怒りと感謝 

「この先は運命だけだ」
という思いと、
「この先は自由だ」
という思いが、
しばしば、交互に、去来する。

「こんな人生あってたまるか」
という、爆発的な怒りと、
「なんという贈り物の多い人生だろう」
という、爆発的な感謝の念が、
しばしば、交互に、去来する。

これらはあまりにも矛盾しているし、
思考可能な文章としてまとめることもできないので、
そのうち明快な言語に落とし込めたり、
或いはこれらの矛盾そのものが、
足して2で割ったり、折り合いがついたり、
別の何かに止揚されたりするのかな、
と思っていたので、
ブログに書くのを控えていた。

だが、何年たっても、
この鮮烈な矛盾は、
そのまま去来し続けている。

なので、このまま、こうしてブログに書いておきます。
年を取るって、何なんでしょうかね。
追記/補足を読む