祖父の声、のような 

今朝方、30年以上前に他界した祖父に、
「一日一日を大切に生きるんだ」
と“言われたような実感”を持って目が覚めた。
実際に睡眠中の私に祖父が話しかけてきたのか、
あるいは、祖父が生前口にしていた、
「人間は70を過ぎたら一日一日を大切に生きる」という言葉が、
無意識下から昇ってきたのか、はっきりとしない。

両方なのかも知れない。

なぜその言葉が今になってありありと“聞こえて”きたのかも、
はっきりとしない。

祖父なり、無意識なりが、昨今の私のささくれ立った精神生活に声をかけたのか、
あるいは私の寿命が近いのか。
それも、はっきりとしない。

健康診断には行ってるんだがなぁ。

気に病んでもしょうがないので、とりあえず、
「これが空の見納め」という気持ちで空を見上げたり、
「これが太陽の浴び納め」という気持ちで炎天下を歩いたりしてみる。

おじいちゃん。
こんなんでいいですか。

扇風機が火を噴いて治す 

幼少時、父がいつ買って来たかは思い出せない。
古い扇風機。


(あまりにも汚いので全体画像は自粛します)

型番は東芝DP-30W。検索すると1968年製とあるが、
なんとなく70年代に入ってから家にあったような気がする。
高校時代(80年代)、私が「ふりーよこの扇風機」と言うと、
父は「古くたって吹いてくる風ぁ一緒じゃねーか」と笑っていたものだ。
一人暮らしを始める時にもらい受け、使い続け、
父が他界してずいぶんと経った2018の現在まで使っている。
年を経るごとにすこしづつ風力が弱まっていき、
エアコンをゆるめにかけて、“弱”で使うと、
非常に静かな微風を得ることができる。
が、今年に入って、何度か、持ち上げて動かす際などに、
パン!と音がしていた。
びっくりして「今の音なんだ!?」と見てもわからない。
が、今日再びパン!と音がして、
ひょっとして、と電源ケーブルが出ている場所を弄ったら、
パン!と瞬間的に火を噴いていた。こりゃいかん。

捨てる前にダメで元々、中を開けてみる。
筐体の中の電源ケーブルが傷み、炭化し、
もはやむき出しになった「ヒゲ」だけで通電していたことがわかる。

senpuuki2018_2.jpg
(写真はちょっと引っ張ってちぎれた後です)

逆にこれで今まで通電していたのがすごい。
このせいで風力が弱まっていたのか(殆ど抵抗じゃないか)。
火事になる前に気づけて何よりだ。
要するにこの電源ケーブルを変えればいいだけのこと。
昔、不燃ゴミで捨てる際に切り取って残しておいた、
ラジカセ用電源ケーブルを引っ張り出し、
ハンダ付けされた純正ケーブルを、
「かつてラジカセの電源ケーブルだったケーブル」に、
付け替える。

senpuuki2018_3.jpg
(上がオリジナル、下が元ラジカセだったもの)

作業の難易度としては「キャノンケーブル作るぐらい」なのだが、
家電製品をハンダで治すことは普段しないので、ちょっと緊張する。
これでなお火を噴いたら完全に自己責任だ。

senpuuki2018_1.jpg

付け替えてみれば簡単に治ったのだが、
炭化したヒゲだけの通電ではなくなったので、
あの超微風はなくなってしまった。
だが、それでも近年買ったもう1台の扇風機より、
遙かに静かな音である。
回転数が違うのか、羽根の形が違うのか。
スイッチ類もしっかりしてるし、いい感じだ。
経済活性化という観点から見れば買い換える方がいいのだろうが、
筐体のしっかり感といい、愛着といい、静かさといい、
この昭和の扇風機、まだ使うつもりでいる。

眼精疲労自己調査 

目がつらい。
最初にこのブログに「老眼」という言葉が出たのは、調べたら2011。7年ほど前になる。
老眼というのは小さい文字が見づらくなることで、
本を読むのには、老眼鏡を使っている。
その上、遠くが見えない近視・乱視も始まっており、
映画や舞台の鑑賞には、もう近眼鏡を着用している。
元々全く裸眼で生きてきたので、なかなかに慣れない。
遠近両用を掛けっぱなしにする気にもなれずにいる。

最も深刻なのは、眼鏡では矯正できない、モニター画面を見る時の眼精疲労。
これは全く凄まじいもので、根をつめて10時間もPCの前にいようものなら、
「真っ暗闇で目を閉じていても眩しくて目が開けられないような激しい目の奥の苦痛」
とでも言うような凄まじい状態に陥る。
いくら何でもこんな苦痛は尋常じゃない、と眼科に行っても、
「ちょっとドライアイかなー」ぐらいで済んでしまう。
仕方なしに、色々と検索する。
眼精疲労について検索して眼精疲労になってるのだから世話はないが、
それでも安い安み調べていく。
調べてみるに、ブルーライトというのは、かなり私にとってつらいものらしい。
総合病院の待合室で、ただ座っているだけなのに、
激しい眼精疲労に見舞われる。
何なんだこれ、と見上げると、昼間でもかなり明るく感じる電球色LEDで、
直視すると、それが目の苦痛の原因だとわかる。
自宅で調べれば、電球色であっても、かなりの量のブルーライトが入っているようだ。
スペクトラムのグラフを見ると、白熱電球の4倍(!)は入っているらしい。
つまり、ブルーライトのスペクトラムでは数値化できるけれど、
それが苦痛であるかどうか、それで目が疲労するかどうか、
現状では、眼科でもあまり数値化できないようなのだ。
私がいたたまれなかった総合病院の待合室だって、
一日中そこで働いている医療事務の人々がおられるのだから、
多くの人にとっては平気だ、と考えるしかなろう。

腰痛の時と同じ。
寝返りも出来ない痛みに対して、
殆どの整形外科は、MRIの検査と痛み止めの処方だった。
MRIで見えなければ、あとは自分で情報を集め、自分で考え、
一つずつ自分で手を打っていくしかない。
眼精疲労と腰痛について、ネット上にどっさりと情報と広告があるのは、
困っているのに病院ですんなり治らない人が多いからだろう。

まず、液晶モニターの設定を、
片っ端から「ペーパーモード」にする。
ブルーライトがカットされ、
茶色く汚い画面になるが仕方ない。
その上さらに、ブルーライトカット眼鏡をかける。
度が入っていないものと、「老眼+0.5」のものを使い分ける。
(眼科では「老眼は1.25が適切」と言われたが、ひとまず自分の実感を信じる)
スマートフォンも、四六時中ナイトシフトモードにして、
ブルーライトをカットしておく。(画面は茶色く汚くなるが仕方ない)
これだけで、目薬の消費量ががくんと減った。
でもこれだけでは、まだまだ対症的だ。

健康診断の数値を、読む。
この数値はどういう事なのか、と検索し、考える。
心理テストと、血液検査と、視力検査が、
考えていくうちに、具体的な「手法」として閃くことがある。
私の場合、鉄分が不足している、と判断した。
ほとんど全ての数値、ほとんど全ての実感が、
鉄分不足を指し示している。

鉄分のサプリを飲み始めた数日、
身体がすこし、温まるように感じた。
こういう実感も、検索してみる。
そんなことを書いてる人は見当たらないが、
実感を感じてから「これは何だ」と検索するので、
あながちプラセボでもなかろう。

まあ、大抵の実感は、数値に出ない。
鉄分の過剰摂取に対する警告にも目くばせしつつ、
ブルーライトカット老眼鏡を掛けながら、
日々の仕事に戻っていく。

(買い換え時が来たら、なるべく有機ELにしよう。あれはブルーライトがだいぶ少ない。)

このように、実感から出発し、虚ろな数値を見つめ、
その虚無に、一つずつ手を打っていく、
マニピュレート(遠隔操作)的な、着実かつ虚ろな行為。
そういう時代なのだろう。

それにしても、手元にあるものを持とうとするときにすら、
しばしば手が「空振り」してしまう。
それでも眼科は「それほどでもないでしょ」みたいに言っている。
参ったなぁ。

DM郵送 

DMを郵便に出してきました。

dm_taba20180407.jpg

チラシの実物はハガキ大。そのままハガキとして郵送しております。
この電子持続音ライブシリーズも今回で15回目となりますが、
今回が(多分)初めての土曜日開催となり、
開始時刻も従来より30分遅くしました。

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こういうものの正解はわからないですね。
舟沢の場合、毎回だいたい3ヶ月前からチラシの準備を始め、
2ヶ月前からチラシをあちこちに置いていただき、
1ヶ月前から本格的に音を追い込んでいきます。
それ以上前から音を追い込み始めると、
本番で即興性が出なくなるきらいがあるので、
あえて1ヶ月以上前は音を作り込まないようにしています。

今回のチラシ郵送は、本番の3週間前としましたが、
1ヶ月前のほうがいいのか、2週間前のほうがいいのか、
最適な送付時期は、確信がないままです。

ですが、本番2ヶ月前に楽器屋さんにチラシを置いて頂いた際、
「ずいぶん先なんですね」
と声をかけて下さった店員さんがおられたり、
ネット上を見ると、似たような機材でライブをなさる方で、
「前日の夜に何をするか考える」
という方もお見受けします。(機材が似てるだけで音は勿論違いますが)
確かに、世の中には年数百回のライブをこなす方もおられるわけですから、
準備3ヶ月、リハ(というか稽古)1ヶ月というのは長い気もしますし、
逆に演劇・舞踏・舞台の方からは、
「そんな短期間で仕上げたものを出してるのか」
とお叱りの声を頂戴しそうな気もします。

何から何まで手探りのままです。昭和からずっと。

------------ 以下告知 ------------

舟沢虫雄 (Mushio FUNAZWA)
電子持続音ライブ
「元型ドローンVol.15」
2018年4月7日(土)18:30 Start
¥1500
会場:東京 六本木 ストライプハウスギャラリー
東京都港区六本木5-10-33 地下1階 [地図]
よろしくお願いします。

神話という単語、或いは広大な無知 

「神話の知」、という言葉がある。
“ある”、と思って一応検索してみると、意外なことに、
それほどわかりやすい記述は出てこない。
高名な物理学者が、
「物理学を学びたければギリシャ神話を読めばいい。全部書いてあるから。」
と言った、という意味における、神話の知。
人間が考えているのだから、
熱について、水について、天体について、生命について考えれば、
当たり前だが、だいたい人間が考えるような感じになる。
フロイトだってユングだって、ギリシャ神話を用語に使ったし、
オルフェウスとイザナミだって伝播したストーリーではなかろう。
いかなる時代、いかなる民族にあっても、
人間が何かを考え抜くと、だいたい神話に近づいていく。

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「神話」という言葉を、
「決して信じてはならない虚偽、迷妄、集団幻想」
とでもいうような意味合いで使用する人々がいることについて、
私は当初、それほど戸惑わなかった。
1970年代、
「日本軍の戦闘機は決して堕ちることはない、という神話を教わった」、
と自らの教育体験を切実に述懐する先生のお話を聞いているときも、
1990年代、
「かつては土地の値段が永遠に値上がりし続ける、という神話があった」
とニュースキャスターがしたり顔で述べるときも、
私の意識は、それほど混乱しなかった。
話の前後関係から想像すれば、その人が何を言いたいかは理解できたから。
話が混乱し始めたのは、3.11の頃からだったと思う。

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ここにとりたてて引用はしないが、
なにやらまるっきり理解できない何かを述べ立てて、最後に、
「それらは、みな、神話である。」
と締めくくるようなジャーナリスト氏のブログがあったり、
なにやらまるっきり理解できない主張、
私が賛否等の判断をする以前に、
そもそも何を仰っているのかわからないような事を述べ立てて、
「神話だ!神話だ!神話だぁ~っ!」
と目を白黒させて大声を上げる学者さんがテレビに出ておられたり。
話の前後関係から、何か、
「決して信じてはならない虚偽、迷妄、集団幻想」
を「神話」と呼んでおられることは理解できるが、
そもそも「そんな幻想」を人々が信じていたのか、
「その幻想」がどういう幻想なのかすら聴き取れないし、
じゃあ何が正しいとあなたは思っているのか、
ということについても、
「神話だ!」と相手を退けるばかりで、
全く読み取れもしない、聴き取れもしない人々。

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そもそも何を言っておられるのかわからないのだから、
強い違和感は感じるものの、
そういった方々の著作を読むこともなく、何年かが過ぎた。
やがてそういった方々の著作を斜め読みしたり、
とりわけそういった方々の著作を批判・擁護する人々の書評を読むにしたがって、
そこに群がる人々に、ある種言いがたい、広大な“無知”があることに気付いた。
そういった人々は、
「それは、神話である。」
と言えば、誰にでも必ず、
「それは、思い込みである。」
とでもいうような意味だと、誰にでも通じると思い込んでいる。

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まさか、そんなことあるのか、と調べると、
一応「政治的神話」という用語が出てきて、
政治学で使用しているらしい。
この“政治的”を略して、「神話」と呼んでいるのか。
ということは、私が言う意味における「神話の知」について、
政治学をやる方々は、ほとんどまるごとわかっていおられないというか、
そういう知識のありかたそのものの存在を知らないか、
少なくとも忘れておられる、ということか。

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そういう方々に、
「人間が考えうる最高の思考形式を“神話”と呼んで当たり前」
という考え方に配慮しながら発言してくれ、とは言わない。
そんなことを政治学の議論に持ち込んだら、話が進まないだろう。
こんなこと書いてる私だって、
「そうだ!彼の言うとおり、
我が軍の戦闘機は決して墜落しないんだ!神話は真理なんだ!」
みたいな感じで政治利用されたら、それこそたまらない。
ツンドラにはツンドラの、熱帯雨林には熱帯雨林の自然がある。
いくら思考体系を突き詰めれば神話に近づくと言っても、
そこに、いわば“知の地域差”のようなものが出るのもまた、当たり前だ。

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ただ、一言書いておきたいのは、人に向かって、
「それって神話じゃない?^^」
って同意を求めても、
「それは無限のバリエーションが生まれ出る真理です」と言ってるのか、
「それは単なる思い込みですよ」と言っているのか、
わからない、ということ。
多少の知性のある大人に対してであれば、
その言葉が誰にでも必ず通じると思っておられるのなら、
それこそ思い込みですよ、ということ。

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ごっそりと何かを知らない人々がごっそりと現れ、
歴史は展開していく。
そこに一滴。
失礼しました。