歳を取るほど深く食い込む 

魂の切り傷。

マンダラとフーガ 

マンダラはまとまっている。
フーガはまとめてある。
この差は大きい。

一面的かつ有害だけれど 

極寒のクリスマスに、暖房の無い石造りの教会で、
3時間も4時間も硬い椅子に座って聴かないと、
受難曲を聴いたことにはならない。

見て、見て、見つめ続けて、
立っていられなくなって、
椅子が必要になるまで見つめ続けないと、
一枚の絵画を見たことにはならない。

観衆が一人のこらず息をひそめ、
暗闇の中で同じ方向を見つめ続け、
そこに一条の光が差さないと、
映画を観たことにはならない。

誰にも邪魔されない、たった一人の時空で、
全身全霊で、曲と曲の間の無音をも休符として感じ取って、
最初から最後まで一瞬たりとも集中を切らさずに、
音に自分を埋没させないと、
アルバム1枚聴いたことにはならない。


正しいことを言い、
正しいことを行なっても、
正しい結果が得られるとは限らない。
正しいことというのは、常に一面的なものだからだ。
正しいことがしばしば有害なのはそのためだ。
だからむやみに、正しいことを人に勧めてはならない。

―しかし、正しいことには変わりは無い。

HP更新 

トップページの無題詩を変えました。
従来の無題詩は削除録にあります。

消耗品が換えられる幸福 

貧乏暮らしが長かったこともあって(今でも貧乏だけど)、
イヤホン/ヘッドホン派である。
スピーカーで音を出すことは滅多にしない。

ヘッドホン~本気聴き&モニタリング用と、
イヤホン~テレビ用と、
イヤホン~音楽用、
以上3種類があって、
全部に長い長い延長ケーブルが付けてあって、
自宅では延長ケーブルを引きずって生活している。

―モニター用ヘッドホンはSONYのCD3000。
スタジオ定番CD900STの事実上の上位機種で、定価5万。
生産終了なので、今のCD3000(2代目)を聴き潰したら、
普通のスタジオみたいにCD900STにするか、
近い音のものを探すことになるのだろう。
―テレビ用イヤホンは、耳たぶが痛くならなければ何でもいい。
3000円くらいのをテキトーに買ってる。
―音楽用イヤホンは、
オーディオテクニカATH-EC7。
こいつは掘り出しもんで、
1万ちょっとでそこらへんの密閉ヘッドホンより音がいい。
多少装着感に問題はあるが、非常に気に入っている。
が、去年、うっかり踏んじゃった
そして昨夜、戌鈴をサンプリングしてる最中に、
左側が耳からぽろっと取れてマイクスタンドに強打した
それが致命傷になったのか、
左側だけ、400~600Hz辺りに音が密集するとビリビリ言うようになった。
‥‥それで今日、おんなじの買ってきた。

同じものに買い換えられるって、幸せなことだ。
特にモニター周りとマイク周り。
実際に聴いてみないと、値段やメーカー名だけではとても選べない。
モニターの試聴って、相当な労力がいるし、
A○Gだろうがエ○ガだろうが何万円しようが、ひどい物はあるのだ。
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追記/補足を読む

戌鈴ソファソ 

厄除けのお払いに行ったら、
お札や御守以外に、犬の置物をくれた。



素焼きに着色したような風情。
紅いほうに寿、白いほうに福と書いてある。
普通の戌年の置物かと思いきや、



鈴である。

非常に珍しいもののように思ったのだが、
ネットで調べてみると、こういう土を焼いた鈴は「土鈴」と呼ばれ、
結構民芸品として一般的であること、
特に犬の土鈴を「戌鈴」と呼んで、
お守り~特に安産のお守りとすることがあるらしいことを知る。

そもそも楽器じゃないこと、
焼き物という材質や厚みも関係しているのだろうが、
鳴らしてみると、大きさのわりに音程が高い。

紅いほうは「キリキリキリキリ‥」と、
音程が取れないほど高い音で鳴る。

一回り大きい白いほうは、ものすごい高音で、
「ソソソソソファソファソファファソソソファソ‥」と、
不規則に2度の音程を微かに奏でる。

金属鈴とは違う、独特に冷えた音。

こんど大きい、白いほうのソソソファソを、
いっぱいいっぱい録音して、
パソコンで加工してみよう。
プロセッシングで4オクターブくらい下げたら、
普通の鈴でやる時とはまた違った面白い音が出るかもしれない。

こういう無駄な徒労的作業を延々とやっていると、
だいたい200回に1回くらいのペースで、
自分が前々から出したかった音に出逢えることがあるのだ。

積み重ね。根気。気力。体力。
でも一番難しいのは、
全部無駄になるかもしれない覚悟。

時は速い、私は遅い 

何事も遅い。

シンセの使い方を覚えて、
来る日も来る日もそのシンセと格闘して、
「このシンセでは自分の音は出ない。」
と結論を出すのに、
どうしても一年以上かかる。
そして、ものが多いと気分が悪くなる性格なので、
そういうシンセを売ったりあげたりしてしまう。
つまり一年くらい、平気で無駄になる。
シンセを何台買って何年徒労に終えたか、
累計にしたらひどいことになるはずだ。

だから、シンセの購入にも非常に慎重になる。
買おうかどうしようか悩んで、機能を調べ込んでいるうち、
次世代機が出たりする。
悩むことで節約できてるのは金と記憶力と部屋の面積くらいか。
「その音をその音として受け入れて使う」ということが、なかなか出来ない。
従来のシステムのままでやっていこうと思っても、
今までのシンセの維持だって時間とお金がかかる。機械は壊れるものなのだ。

TVゲームの開発現場は複雑さを増している。
ここ数年で、私の読書量は10分の1になり、
取扱説明書や、ゲーム音楽開発用ソフトのドキュメントを読む時間は10倍になった。

詩は読むのに特別な時間と労力を要する。
去年の秋から読み始めた『八木幹夫詩集』、もうすぐ読み終わる。
もう一度頭から読み直したい気持ちもあるが、
読みたくて買ったまま読めずにいる本が山と積まれているので、
きっと当分は読み返さないのだろう。

年を取ると時間が早く流れる。
時間が空いたから、
こないだ買ったレコーディング雑誌の最新号を読もう、と思ったら、
すでに先月号になっていた。
“こないだ”が1ヶ月以上前なのだ。

書くのも遅い。
japanoiseに寄稿した「ノイズから始まっている」だって、
実はあれでも10年以上暖めた体験と思考の結晶なのだ。
シュベンク著「カオスの自然学」なんかを読むと、もう驚くほかない。
俺って頭悪いなぁ、と自嘲してもみるが、
反面、意味のあるものを世に遺すというのは、
こういうことなのかもしれない、と思ったりもする。

5年ほど前から考えている文章がある。
先日、半分くらいまで一気に書いた。
またしばらく読み返しながら文章を考える。
できれば年内に書き上げたい。

スタート 

ホームページで「ブログを作るべきか」というアンケートをしましたら、
75%の方が「ブログ作るべき」と答えて下さいましたので、
こうして公式ブログをスタートする運びとなりました。
アンケートに答えてくださった方々、ありがとうございました。
今後は、ブログとホームページをどう使い分けていくか、
レイアウトはどうしていくか等々、
試行錯誤していく事になります。
宜しくお願いいたします。

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なぜ、何のために、どういう気持ちで、
何を使って、どういう手法で、
誰に向けて、どういう音楽を作り上げ、
どんな形態で発表するのか。


本当にほんとうに難しい時代になりました。
決めることすら難しいですし、
全部決まってたって実現は難しいです。

営利目的のみで作られて、実際に売れた、世の中の数少ないものでも、
「なぜ売れたのか、ある程度は分析できても、本質的には判らない。」
という制作者の告白を、音楽に限らず、あらゆるジャンルで目にします。
ハリウッドすら傾く時代なのです。

―私の場合、
今年は経済基盤であるゲーム音楽の仕事が忙しい予定であること、
私事、両親が病気であることもあり、
「今年はご期待ください!」
と言ったら、正直、嘘になります。

ですが、縁と運と時間と出会いと健康に恵まれれば、
それらを全うしたいと望んでおります。
今年も宜しくお願いいたします。

(もっと威勢のいいこと書くべきなんでしょうけど、そういうキャラでもありませんから。)

だいぶブログっぽくなってきた 

ブログは楽だというけれど、
テンプレートをお借りして、
ちょっとレイアウト変えるだけでも物凄い大変。
線の形とか、文字の大きさとか位置とか、
ものすごくたくさんのことを諦めた。
そのうちやり方が判ればやるかもしれないけど、
なんとか合格点までは到達したので、
このままにしちゃうかもしれない。

タグ打ったらフォントって変えられるのかな。
明朝体使えるとうれしいんだけど。
あ、どうやら使えるみたい。でも書体変えるのに一々タグ打ち?
このへんの手間はホムペとそんなに変わらないか。

でもまぁ、これで自宅からでもケイタイからでも更新できるな。
相対的には楽になるはず。
あとは明日、
アンケート結果を見て、
皆さんの判断を見て、考えて、
OKならこのブログ正式スタート。
NOなら、このブログ消滅。

携帯から画像付き投稿 

20060115142705
どうだろう。
うまくいくだろうか。

冷え切って豪雨 

陰惨な1月の大雨。窓が濡れていく。

060114amemado