無常・変・不変 

なにもかも変わっていくということ。
なにもかも変えられないということ。

まるで地形や星座のように、
信じられないほど緩やかにしか、
人は変わっていけないものなのかもしれない。
常に変化を求める人、変化を楽しむ人にしても、
その嗜好を引き出している気質・体質は簡単に変えられまい。

人が生まれ変わり死に変わりするのなら、
その辺りに理由があるのかもしれない。

体質に根差した気質は、「無理に変えようとしてはならない。」(R・シュタイナー)
しかし、世界は変わる。社会も変わる。自分の肉体も変わる。

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一瞬のように短い人生を何に使えばいいか。
かなり運が良くても、考えて抜いて、判った時点で老いているだろう。

作曲家が1曲作る間に、音楽好きは1000曲聴いている。
映画監督が1本撮る間に、映画ファンは1000本観ている。

知識と行為のバランスなど、とりようがない。

ひとつ、最近気付いたのは、集中聴取ということ。
何か眺めながらとか、なにか聴く以外の行為をしながらではなく、
時間を勿体ないと思わずに、しっかり聴くことに集中する。
“アナリーゼ”などと呼ばれる解析行為もしない。
もっぱら魂の奥で、聴き取る。

そうすると、
「自分にとって、このアルバムは、聴くに値しない」
という明確な答えが、魂の奥から取り出される。

なんだろう、これはなんだろう、と何度も聴かずに済むので、
結局はそれが時間の節約にもなる。

魂の奥から取り出された答えなので、
疑いや迷いもない。
いつか魂の奥に何らかの変化が起きるかもしれないので、
5年後、10年後に聴きなおしてみればそれでいいし、
5年後、10年後に生きていないのならそれまでのことだ。

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そもそも大抵の音楽家は、音楽家に向いていない。
「そもそも本業とは金になる職業のことか」なんて、
経済学者でも口にするようになって久しいが、
ここで言うのは20世紀資本主義型の音楽家、
つまり、音楽を作って沢山売ってお金を貰って生活する人のこと。

クラスでみんなが「どのアイドルが好きか」を熱心に議論し、
それを「音楽について話してる」と信じているとき、
一人でポール・モーリアを聴いている。

みんなが好きな歌手の服装を夢中で真似て、
「これが自分の個性」と言っているとき、
一人で自分の胸の奥の無音を聴いている。

そういう人々が音楽家になる。

よく、「才能かける努力だ。どっちかゼロならゼロなんだ」というが、
じつは「才能×努力×」なんだと思う。

あふれんばかりの才能で、
猛然と努力して技術を磨き、
寝る間も惜しんで市場調査をして、
自分が好きな音楽は決して行わない、
全ては聴き手の快楽のために、と誓って‥
‥そんな鋼のような人は、じつは沢山いる。
でも売れてる人は砂漠の人つまみの砂のようだ。

音楽に限らないが、「売れてる人」「人気のある人」は大抵、
おおやけではない場所で「マーケティングは無意味だ」と口にする。

彼らはたぶん気付いていない。
あふれんばかりの才能で、
猛然と努力して技術を磨き、
寝る間も惜しんで市場を考察して、
自分が好きな作品は決して作らない、
全ては大衆の快楽のために、と誓って、
出来たものがたまたま大衆の好みと合致したのだ、
自分はたまたま時代が求めている特性を持って生まれたのだ、
ということを。

――かける、運。
運がなければ、魂を捨ててすら、大衆は微笑まない。

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私は、お世話になっているゲーム会社で、
自分が自分の音楽を作って地味に活動していることを、
ごく僅かな人にしか話していない。
が、そういう人たちが口が堅いとは限らないようだし、
そもそも「誰にも言わないで下さい」と言える立場でない場合もある。

過日、社員食堂で、名前も知らない若い社員さんが、
突然ひどく快活に話しかけてきた。
「ここでの仕事以外にも活動してるんですってー?
ライブハウスで遊びまくるって感じですかー?
クラブで踊りまくるって感じですかー?
チャラチャラ生きてりゃいいって思ってんですかー?」

あまりにしつこく訊いてくるので、ある程度自分の作風を、どうにか言葉で伝える努力をした。
すると、ほんの少し考えてから、
「じゃー、その音楽にー、
キャッチーなー、
売れるメロディーを乗せれば売れるかもしれないじゃないですかー。
メロディーを売れるやつに変えればいいじゃないですかー。
そしたらメジャー会社とかの目にとまってー、
デビューとかできてー、
儲かるかもしんないじゃないですかー、
なんで売れるメロディーにしないんですかー?なんでですかー?
ゲームで儲かってるからあとはテキトーに遊んでりゃいいや、
みたいなかんじですかぁー?」

そのあと、私は自分の考えを、可能な限りの言葉で、語りうる限り語ったと思う。
中でも、
「あのですね。ものをつくるわけです。産み落とすわけです。
少なくとも、それが、楽しいことでは、ありえないですよね?」
という言葉には余程驚いたご様子で、
「はぁ!?」
と目を丸くされていた。
最終的に、
「ふーむ‥おもしろいなぁ‥」
と、首を傾げながら立ち去っていかれたが、
私のただならぬ様子が気になったのだろう。
(私は内心、ごく控えめに言って、激怒していたのだ)
翌日、
「あのー、きのうー、ボクと話したのー、おぼえてますー?
なんかー、なんていうかー、
コダワリっていうかー、
さわるとー、プチッと?キレちゃう?みたいなー、
わけわかんないとこさわっちゃったみたいでー、
なんかー、わかんないけどー、
すいませんでしたー。」
と謝ってこられた。

でも納得はされてないご様子だ。
今でも時折仕事中に、背後から彼の視線が絡みつく。

私は怒りを必死で抑えた。
しかし、現代社会において、それどころかこの地上において、
じつは彼は、少なからず、正しい。

しかし、私は、私の音楽を、
商業的理由で恣意的に作り変えることに、
耐えられはしない。

しかし、私は、少なくとも、
わざわざ売り場面積を割いてくださっているお店のご恩に報いる程度には、
売れなければ申し訳が立たない。
だからいつも、宣伝、ということを考える。
しかし、気付いてみれば、
ブログにこんなこと書いてる時点で、
お客様は大幅に限定される。

「あれ、おいしかった!」とか、
「このサウンド、最高!」とか、
書いてりゃいいのに。
(なんで書かないんですかー?そのほうが儲かるじゃないですかー。)

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話は飛ぶが、禅師の入院について、
遅発性ショックのように衝撃と心配が深まっていく。
どういう経緯か存じ上げないし、
ご迷惑にならないよう、こちらからの連絡は控えさせていただいているが、
以前、別の病で「遂に死を意識した」ときには、
一人禅堂で坐ったのだそうだ。
「もう死ぬ。」と思ったから、坐る。
そのようなお人が、膝を骨折なさった。
天は師からただ坐ることすら奪われるのか。

そのことを、様子を見に行った折、老いた母に話すと、
「あっそ。」とけろりとしている。
なぜけろりとしてるのかと問うと、
「だってあんた、歳とるってそういうことでしょうが。」
だそうだ。

親に死なれ、多くの兄弟に死なれ、多くの親友に死なれ、
介護の果てに夫にも死なれ、
自分も脳梗塞や癌から生還していると、
あれだけけろっと出来るようになるものか。
なるほど。

治ってきたHD録画機で、N教の正法眼蔵の講話を観た。
人生の短さ、はかなさについての回であった。

なるほど。
私はまだまだだな。
まだまだどころか、この音楽への執念、執着。
私は凡夫以下だな。

仕方ない。
こういう風にしか歩けないのが、私なのだから。

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この記事は、数日前に書いたものの、自動公開です。
正月にもう一つ自動公開します。
年末年始は、ひたすらヴィデオ編集をしている予定なのです。
(年末年始でなんとかカタがつけばいいのですが‥)

では、よいお年を。

最後の手帳 


いま数えたら、今年で20冊。
1冊電車の中で無くしているので、21冊。
曲想や、スケジュールや、詩や、着想や、思いのたけを書いていた手帳も、
21年目で最後とする。
来年から、曲想、着想、イメージは、年が変わっても使える小型のキャンパスノートに書き、
スケジュールはケータイのカレンダー機能とする。
(ケータイを買い換えたときに困るのであれば、
ネットのスケジューラーからケータイにリマインダを送信するまでだ。)

困るのは大きめの紙に沢山書きなぐらないと定着してこないイメージだが、
これは昔からレポート用紙などを使っているので困り方に変化はない。

それにしても、みんなはどうやってるのだろう。
まさか、ノートPCに記録できないイメージは思い浮かばない、
なんてことはないだろうに。

禅師 再入院 


すこし 祈ること
ひとり 坐ること
できること 他になく
追記/補足を読む

星座が読めずとも 

●坐禅はまだ続けている。というか、時間が来てももっと坐ってたいと思うようになってきたので、多少は足も慣れたのか。
禅師は曹洞宗。ゆえに公案はない。ただ、坐っている。

●母の家系は曹洞宗なのだそうだが、父の家系は浄土宗だそうで、法事も「南無阿弥陀仏」である。父が逝ってから、しばらく法然を調べていた時期があった。

●ずっと連絡を取っていない知人のブログを読んでいたら、比叡山の住職が「南無阿弥陀仏がわかるようになるのは60過ぎてからだ」と言っていた、という記事を読んだ。そういえば、わが禅師も、「坐る、ってこうやるのかな?って坐り方が一応判ったのって30年くらい経ってからかなぁ」と仰っていた。
そんなもんかもしれない。

●最近はもう、HDに録画したものしかTVは観なくなっていた。
その録画機にはデフラグ機能もなんにもないので、
大丈夫かよ、とは思っていたが、案の定、
3年半でHDがカチャカチャいって動かなくなった。
こういうのは中のHDがバルクを付け替えられないよう工夫してある、というのは良く聞く話なので、とっとと修理へ。
最後に観たのは、
恐山にある曹洞宗のお寺のご住職へのインタビューであった。
恐山の民間信仰と仏教についてのインタビューを観終わったところで、
HDがカチャカチャいって止まった。

●その数日後、あらじめ予約していた「田園に死す」の演劇版を観に行く。
原作は言うまでもなく、恐山が舞台の寺山修司氏の映画。
観にいくと、セットの塔婆にはびっしり「南無阿弥陀仏」と書いてあった。

●その舞台には知人の舞踏家が出演なさっていたのだが、この舞踏家さんには、舟沢のイメージビデオ第二弾にご出演願っている。もう撮影は終わっていて、編集に難渋しているところ。

●そもそも私に、突然「なぜ舟沢さんはビデオを作らないのですか?」と訊いて私をきょとんとさせ、結果的に私を動画制作に導いた知人は、ゲーム業界では極めて珍しい、映画「田園に死す」が好きな人。

●そういえば、私が生まれる前、父は結核を患い、快復時に村の浄土宗のお寺でダンスなどして体力を快復させたらしい。父が老年に入ってから社交ダンスを始めた際、正直「なにやってんだろ」と思っていたが、父は父なりのダンスの自分史を持っていたようだ。

●父は東北人としての俳句を沢山遺した。私が生を享ける前は小説家を志していたようで、「田園に死す」のセリフに出てくる「家の光」にも、戯曲入選の経験がある。
東北人として、俳人として、文筆家として、さらに言えばダンスすらも、何もかもがテラヤマと世界観が違う父。舞台を観ながら、「これがテラヤマだよ。どう思うねとうさん。」などと思っていたら、行儀よく観てたのに、客席でなぜかやけに目立っていたのだそうだ。

●私の“ホームグラウンド”は、アナログの電子音を手で弾いて録音することだ。
ピアノやギターを弾いて、PCでプロセッシングするというスタイルに、自分を作り変えることはできない気がする。ソフトシンセも適応できない。
私に残された時間はどのくらいあって、私はその時間で一体何をなすべきなのか。詳しくは言えないが、時間、ということに少なからず思い悩んでいる。

●「田園に死す」を観た数日後、ネット上で知り合ったとても不思議な人が、いつもブログに不思議な詩を書いてらっしゃるのだが、
『まだ時間はあります』
と締めくくられる詩を書いておられた。

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――このように、最近はめっきり、
経験というものが、編み物のようになってやって来るようになった。
シンクロニシティに驚かなくなって何年経つだろう。

思わぬ伏兵 PV第二弾 

――全く予想外だった。
まさか、自分が思っているような、
字幕を撮るのが一番大変だなんて

XLにはデータを移行できない 

――ここで機材の話をしても、
検索でその機材を調べようとして来てくださる方が増えるばかりだ。
大したことは書いてないから申し訳ないし、
当然ではあるけれど、私の作品には一切興味を持って下さらないのが、アクセス・ログを見ていて良く判るので、読む方々にも、私にも、あまりトクがない。

なのであまり機材については書かないようにしているが、
「どうすればこういう音は出るんだろう」とか、
「このソフトはどうしてこう動かないんだろう」とか、
頭の中は機材の悩みでいっつもいっぱいだ。
追記/補足を読む

柿 


動くのは 空