野菊トリガー 

あまりにも昔の話であるために、
事実関係を確かめることができない。

記憶の中では生き生きと、終わることなく残っている。
しかし、その生き生きとした記憶に付随する記憶が、殆どない。
いわばそれは、独立した想念のようなものとなっている。

なぜ、その出来事が生じたのか。
調べてみても、記憶の中の出来事と、
記録されている出来事に、微妙な食い違いもある。

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・私がそれを体験したのは、
中学生の頃ではないかと思う。
おそらく、1970年代後半だろう。

・今にして思うに、当時私が受けた教育というのは、
どうやらかなり古い様式のものであったらしい。
大人になってから、周囲の人々に子供のころの話を聞くと、
同世代の人々の子供のころの話とは随分と教育が違う。

・私は、中学校の校長先生を、
子供心に、「話のわかる大人」と思っていたように思う。
朝礼で何を言っているのか概ね理解することが出来たし、
なにより、貧血で倒れる生徒が現れたら、
朝礼を早めに切り上げることができる人であった。
“気をつけ”の姿勢や、“休め”の姿勢で微動だにせず、
大人の演説を聞くことは
子どもにとってはつらいことだと知っているらしい。
これは、当時の先生としては非常にめずらしく、大いに信頼に値することであった。

・私は千葉県で育った。
千葉県出身の作家に伊藤左千夫という作家がおり、
「野菊の墓」という小説が有名である。
私は小・中・高と、
「伊藤左千夫は偉大な文豪。野菊の墓は名作。」
とたびたび教えられながら育った。

・この出来事の中心には、
「のぎくのはかの どうぞうが ない」
という言葉が存在している。
それが伊藤左千夫の銅像、あるいは記念碑なのか、
野菊の墓の登場人物の銅像、あるいは記念碑なのか、
全くわからない。
いろいろ調べてみると、それらしきものは今、いくつか実在する。
しかしどの銅像、あるいは記念碑が、
1970年代後半にまだ建立されていなかったのか、
調べてみても、わからなかった。
あるいはそれは、今もまだ建立されていないのかもしれない。

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記憶を辿る。
私は、校庭に立っている。
それほど寒くは無い日の、朝礼。
校長先生の話を聞いている。
自分の記憶では、その話は“気をつけ”の姿勢で聞いてることになっているが、記憶違いかもしれない。
稀に、教頭先生なり学年主任なりが「やすめ」と号令せず、気をつけのまま朝礼を聞かなければならないことはあったとは思うが、この場合、“休め”の姿勢をとり、その姿勢を崩さぬように気をつけながら校長先生の話を聞いていたと考えるほうが、どこか自然のような気がするのだ。
あのときの緊張感が、“気をつけ”の姿勢に記憶を変容させたのかもしれない。

伊藤左千夫という文豪がいる。
とても偉大な人である。
野菊の墓という小説がある。
とても偉大な作品である。


だいたいそんなお話だったと思う。

記憶の中ではあいまいだけれど、きっと、
伊藤左千夫も野菊の墓も、
千葉県にとてもゆかりが深いのだ、
そういう話も含まれていたのだろう。
校長先生、いつもより少し、お話が長い。

どさっ。

だれかが貧血で倒れた。
誰かはわからない。
決してよそ見をしてはならない。
微動だにせず、誰かが倒れた音だけを聴く。
それが朝礼というものであった。
どこかで誰かがどさっと倒れると、
校長先生の話は急に簡潔になるのだ。
いつもなら。

ところが先生、演説をやめない。
同じ話を繰り返す。
一人、また一人と、生徒が倒れてゆく。
それでも、校長先生、同じ話を、やめることなく繰り返し続ける。
その内容は、私の記憶の中では、

「のぎくのはかの いとうさちよの どうぞうは
とうきょうには あるのだ
でも ちばには ないのだ」


という感じの話になっている。

正確な言い回しを覚えてはいないが、
その言葉と、次々と人が倒れてゆく音の、ループを覚えているのだ。


「のぎくのはかの いとうさちよの どうぞうが
とうきょうには あるのだ!
でも ちばには ないのだ!」

どさっ。

「どうぞうが!せきひが!きねんひが!
とうきょうにはあって!
ちばには!ないのだ!」

ばさっ。

「これは!だいじなことなんだ!
いとうさちよの! のぎくのはかの!
きねんひが!どうぞうが!
とうきょうには!あるのだ!
でも!ちばには!ないのだっ!」

ぐしゃっ。

「おいっ!これは!だいじなことだ!
これは!いわなければ!ならないことなんだ!
ぐあいわるいやつぁ、そのばにすわってもいいぞ!
いとうさちよの!のぎくのはかの!どうぞうが!
とうきょうには!あって!
ちばには!ないのだ!」

どさ、ばた、ごと、ぐしゃ、ざす、、


極度の緊張の中で聞いた、
このことばと音のループが、
自分の中である種の永遠性を得て、
いまでも私の中に生きているのだ。

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年々歳々、
だんだんと、この体験について、
考えるようになっていった。

なぜ、あのようなことがおきたのか。
校長先生は、貧血で倒れる生徒が一人出たら、
話を切り上げるほど“話のわかる”先生であった。
これは、当時の時代背景としては、
かなり珍しいことであった。
その校長先生が、目の前で倒れ行く生徒を見ながら、
なぜ、「のぎくのはかの どうぞうが ちばに ない」という話を、
やめることなく繰り返されたのか。
生徒の健康より大切な銅像、というものが存在するのか。
しかも、上記のように、「具合の悪い奴は座ってもいいぞ」と仰っている。
このとき、校長先生は、正気を失っていたわけではないのだ。
以上を総合すると、
「野菊の墓の銅像が千葉にない」と、いくら生徒を叱っても、
野菊の墓の銅像は建立されないのだということを、
校長先生が理解していなかったとは、考えにくい。
(なぜわざわざこんなことを書かねばならないのか、
理解できない方もおられるかもしれないが、
生徒に向かって生徒にはどうすることもできないことを、
本気で叱りつける教師というのが、
ありふれていた時代と地域が、あったのだ。)

学生時代、どこにでも置いてあった、
「野菊の墓」の文庫本。
私は、読んでいない気がする。
何度か読まなければいけない局面はあった気がするのだが、
仕方なく本をめくった、という記憶はあるけれど、
読んだ、という記憶は無い。

映画を学んでいた際に、
歴史的名作であるから観るようにと、
「野菊の如き君なりき」を見せられたのだが、
ストーリーは全く頭に入らなかった。
画面の中でどんな話が展開しているのか、
まるで理解することができなかったのだ。

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思い立って色々調べてみたら、
封建制、ということに出くわした。
「野菊の墓」のヒロインは、
字を習いたいと望むが、
身分卑しい者、しかも女が文字なんぞ習ってどうする、
女はまず縫い物ができて一人前だと諌められる、
そんなシーンが出てくる。

今にして思えば、あの時、校長先生は、
ご自分の使命を語っておられたのではないか。
おそらく、女に文字を習わせるなどとんでもない、という勢力が、
当時まだ大いに存在していたのではないだろうか。
国民には等しく文字や計算を習わせる、
ということが、まだ、あたりまえではなかったのではないのだろうか。

「野菊の墓のヒロインのような、
文字を習うことも、願いを叶えることもできず、
ただただ大人の事情で生きて、
大人の事情で死んでいく、
そういう子どもが沢山いる世の中は、よくないのだ。
子供たちには文字や計算を習わせ、
できうる限り大人の事情では生きたり死んだりさせないべきなのだ。
そして、そういう考え方は過激でも異常でもなく、
もはや権威のあるものとなったのだ。
だからこそ、東京には銅像が建っているのだ。
この新しい考え方を浸透させるためにも、
千葉にも、銅像を建立するべきなのだ。」


―校長先生は、そう言いたかったのではないだろうか。

では、誰に対してそれを言いたかったのか。
私には判らない。
朝礼に、どなたか教育委員会の偉い方が視察にでもいらしていたのか、
あるいは、ご自分の心の中に向かって諌めていらしたのか。
あるいは、その両方か。

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この出来事とは別に、
中学、高校と、比較的頻繁に起こった出来事がある。
姿勢の注意→靭帯の損傷→先生がご自分に向かって叫ぶ
という出来事。

「こら貴様、足を放り出して授業を聞くとは何事だ」
「靭帯を痛めてるんです」
「‥そうだな。靭帯を痛めたら足は伸ばしたままじゃなきゃいけないな。靭帯を怪我したら、足を、まげては、ならない‥おまえら!わかってんのか!靭帯をいためたら!足を!まげてはいけないんだ!伸ばしたほうが!治るのだ!‥ハァハァ‥うわーっ!靭帯を怪我したらーっ!足を伸ばしたままーっ!授業を受けてもーっ!いいのだーっ!」

無言の生徒達の前で、みるみるパニックになっていって、虚空に向かって叫ばれる先生が、何人もおられた。
これについては、多分中学校の教頭先生だったと思うが、ご自分の学生時代を述懐なさっておられたお話を覚えていて、そこから推察することができる。
昔は姿勢が悪い生徒を見かけると、背中に木刀を入れた。
それでも治らなければ、木刀を2本入れた。
それでも治らなければ、床に木刀を沢山敷いて、
その上に正座させて、背中に木刀を入れた。
それで背骨や関節を壊すと、
「どこまで礼儀知らずで、根性のない生徒なのか。
これはもうだめだ。」
と憐れんだ。
それが教育の全てだったのだそうだ。
恐らく、靭帯を怪我したら、礼節を欠いてでも足を伸ばしたままでいさせたほうが教育的なのだ、という合理的思考を、当時、多くの先生方が大人になってから突然聞かされたのではないか。
だから多くの先生方は、足を伸ばした生徒を前に、ご自分の育った過去と、あれほどまでに闘わなければならなかったのではないか。
私はそう推察している。

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校長先生が、
野菊の墓の銅像の必要性を、
あれほどまでに真剣に、
生徒の健康を損ねてまで叫んでおられたのは、
ご自分の中にしろ他人の誰かの中にしろ、
何か克服しなければならない感情に対峙しておられたからではないか。

野菊の墓のあらすじや、その成立時代などを調べてみて、
そんなことを考え始めた。
あの「銅像が、ないのだ、どさっ」というループの意味が、
たどたどしくもわかり始めたのである。
この生き生きとした終わらない出来事を、
寛解させる可能性を得るのに、
おおざっぱに言って、だいたい、30年かかった。

おおざっぱに計算してみると、
校長先生も、封建制の残る時代に生まれ育たれ、
「銅像が!ないのだ!」と使命に燃えて叫ばれるまでに、
だいたい30年くらいかかったのではないだろうか。

1970年代後半の中学生にとっては、もはや、
三島由紀夫すら歴史上の人物であった。
だから、目の前で起きている封建制感情との死闘が、わからなかった。

こうして考えると、
過去を清算するというのは、
いったいどういうことなのか、
よくわからなくなる。

前に進むとは、いったいどういうことなのか。
過去を知らぬままでいるほうが前に進めるのか。
過去はどんどん捨て去るべきものなのか。
捨て去ることは、そもそも、可能なのか。
他人や自分の過去を、私たちは、死を待ちながら受け流すしかないのか。
しかし過去なしで、私たちに何ができるのか。
体験したこれほど些細な出来事に対して、
思考の光が射すのに30年かかるのだとしたら、
私たちがしていることは、いったい、何なのだろうか。

民謡状の嗚咽 

長距離列車の中で。
「ぁぁぁああんぁんあんぁんあぁん」
という異様な声が聞こえる。
見ると、スーツを着た男性。
かなりのご高齢だが、スーツなので、出張の帰りか何かだろう。
リタイアした方とは見受けられない。
見るからに酔って、見るからに疲れ果て、
苦しげに目を閉じている。

しばらく聞いていると、この声が、
何らかの日本民謡の一節であるらしい。
歌詞もメロディーもすっかり抜け落ち、
抑揚と声色だけが、その男性の体内に残っているらしい。

同伴の男性が時折声をかける。
「ほらー。銭湯じゃねぇんだからさぁ」
「なんか知んねぇけど口からどんどん出てくるんだよ‥
ぁぁぁああんぁんあんぁんあぁん

もはやご本人の記憶にも、
なんの民謡の記憶かすらないらしい。
それに、それほど知性のない人でもないらしい。

それが、アルコールと疲労によって、
意識の薄皮が一枚剥けただけで、
忘れられた民謡が口からとめどなくあふれ出してくる。

そういう人が、現役で、今も働いている。

私たちは、そういう時代に、生きている。

狂気ではないが 論考不可 

どうやら、
撥弦楽器の穴の奥には、
海が広がっているらしい。
比喩でもなんでもない。

音響と体質、或いは鏡 

知ってる人は知ってることだけど、
音響的な好みというのは、
ほとんど変えられないと思う。
あれは何か、体質のようなものだと思う。

極端なケースだと、話しているだけでも、薄々解ったりする。
ああ、こういう顔色で、こういう声で、こういう内容を話す人って、こういう周波数がこういう風になってる曲が好きだよな、
だからこういう音楽が好きなんじゃないかな、と。
無論、滅多にないケースだけれど、
そう思ったときには、だいたい当たってる。

稀に、そう思ったのに外れる場合があって、
あれ、この人は自分が思い描いていたのと違う音楽が好きだ、とか思っていて、後日その人の車に乗せて頂いたりすると、
こちらが思い描いた通りの周波数カーブにイコライジングされていたりする。

ミュージシャンであっても、音響の好みはなかなか変更できない。
自分は高域のシャキシャキした音が好きだ、と自覚している方が、
「自分のクセは知ってるから、今回はあえて低音重視で」
と曲を作って、マスタリングしてくれと仰って、ファイルをいただいてみると、ピッキングベースのピック成分が限界まで持ち上げられていて、却って困ったりすることがある。
つまり、ご本人はついつい高域成分を上げてしまうというご自分の特性を自覚なさっていて、それを矯正しようと低音重視の曲を作られたけど、じつは無意識裡に高域を求めてどんどん音をシャキシャキさせていって、ベースのピッキングのパキパキした高域成分まで上げてしまっており、高域をなじませようにも収拾がつかなくなってしまっている。
プロだから、ものすごく色んな種類の音楽を作ろうとする。でも、周波数分布や音量の高低に関する好みは、じつはほとんど変えられない。
そういうものらしい。

批判でもなんでもない。
すっかり変えることができた人を、私は知らない。
なぜそういうことが起こるのか、理由も判らない。
多分、体質のようなものだと思う。

私自身、自分の好みの周波数分布や音量の高低を変えられずに悩んでいる。
たぶんこれ、変えられないよ、と思いながらも、悩んでいる。
そもそも、こういう時代になって、体質を無理やり変えようとしてまで、周波数分布や音量の高低を自分自身に押し付けて、それで得られるものは、そんなに多くはないのではないか。
そんなことを思いながらも、とりあえずは、悩む。

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詳細後日だけれど、いま、
自分がカセットMTRで作ってた頃の作品を、デジタル化しようとしている。
当時、自分が作った音楽の周波数分布をグラフで見るなんてことは、できなかった。

―時間軸上の一瞬ではあるけれど―


―昔の作品なので、聴いてみるのが少し怖かったのだけれど、聴いた以上に、このグラフに驚いた。
そして、カセットMTRで作ったこの音に対して、
加工処理をする必要性を殆ど感じないことに驚く。
私は、いまでも変わらず、(なかば無意識裡に)
この周波数分布を追い求めている。

このグラフが、体質的に治せないということか。
困ったな。
いや、これに対して、もはや困っても困らなくてもあまり状況は変化しない時代になってきたのかもしれない。
だけど、困り続けたほうがなんかいいような気がして。

まぁ、困り続けたほうがいいと思うこと自体、
ある種の不安、ということなのだけれど。

グラフの中の私は、こんなにも変わらずにいるのか。

そうか。困ったな。
いや、困ってないのか。
困ってないことに困ってるのか。
判らなくなってきて困ってきたな。

iPod轟沈 

ほとんどの場合、CDで音楽を聴いている。
カセット・ウォークマンの昔から、
屋外で音楽を聴く練習とかしてきたけれど、
結局適応できないでいる。

打ち合わせなどで音を外に持ち出す必要があるときは、ハンディ・レコーダーを使ってる。一応mp3も再生できるようになってるのだ。

しかし考えてみれば、べつに自宅でひとりiPod聴いてたって悪いわけはない。
音質はCDのほうが良いにしても、
さぞかし便利であろうことは、はた目にもよくわかる。

それに、欲しいCDが手に入らないことも多くなってきている。
Amazonでも専門店でも売ってないから、仕方なくiTunesで買ったりしている。なので、パソコンのiTunes→オーディオ・インターフェースという流れで聴くことも増えてきた。

さらに言えば、長距離移動の電車の中で、オバチャンのしゃべり声や、オジサンがスルメを噛む音から身を守る方法が、
耳栓
というのも、何とかならないかと長年考えてきたことである。

そこで考えたのが、
・iPodを買う。
・ノイズキャンセリングヘッドフォンを買う。
これらを使って、長距離移動中は騒音から身を守るために、静かなノイズミュージックなど聴いてやり過ごすのはどうか。たとえばSvartsinnさんみたいな音楽で。
屋外で音楽を聴く習慣が身につかないのだからiPodだけ買ってもあまり使いでがないし、ノイズキャンセルヘッドホンだけを耳につけてても何か音を鳴らさないと外部の音はマスキングできないはずだ。だからiPodとノイズキャンセルヘッドフォンを、セットで買う。

うん。これなら、買ってもいい気がする。
かなり消極的な買い方だが、これで世の中の趨勢を多少なりとも体験できるなら、安いもんだろう。

よし。買おう。決めた。
というわけで、ある程度ネットで下調べしてから、電器店へ。

いつもの電器店のかんじ。顔が歪むほど劣悪な音がギシャギシャ鳴ってる。
なんのこれしき。
スピーカーの口径が小さくなって、音のクセのピークの周波数が上がってることなど、数年前から熟知していることだ。てゆうかこのギシャギシャ音に対してどういう態度を取るか、職業的に常に相対しているところである。

iPod売り場に到達。
なるほど。この容量にこの重さにこの機能でこの値段ね、さて、買うか、と思ってたところに、店員さんがずいっと近寄ってくる。
「いかがですかっ!?
いまっ!アイポッドにっ!
無線LAN機能を付けるとっ!
なんとっ!つけるだけでっ!
こんなに値引きをっ!
こんなにもっ!もう!タダ同然の値段にっ!」
‥‥‥(えーっと、それってiPodをiPhoneみたく使えるようにするために、何か別のギアを買うってことで、しかも月額料金とか取られるんじゃ)「‥それって月額とか‥」
「そうですっ!料金プランは○○プランと○○プランと」
「結構ですいりませんありがとうございます」
ほかのお客さんも「いまっ!無線LANをつけるだけでっ!」と叫ばれて、嫌そうにしてる。

なんのこれしき。
iPodをiPhoneみたいにするやつを売るのに、ノルマとか課せられてるんだろうから、その店員さんを怒ったって仕方ないし、こちとら昔のアキバの生き残りである。オタクの聖地と呼ばれる前の、吸殻だらけのアキハバラ。小中学生の私に向かって、「ボクぅ、冷蔵庫安いよ~?冷蔵庫安いっつってっだろー無視してんじゃねーよ!」って唾を吐く呼び込み店員とかが路上に立ってたアキハバラ。私はあそこをサバイヴした世代だ。電器屋さんで欲しくないものをずいずい勧められたくらいで、めげたりしない。

店員さんのスキを見はからって、iPodの販売カード(「これをレジにお持ち下さい」ってやつ)を手にして売り場を立ち去る。

ヘッドフォン売り場へ。
そうそう。こうしてずらりとヘッドホン・イヤホンを並べて、試聴できるようにしてあるからここへ来たんだよな‥‥あれ?
耳につけてもラジオも音楽も聴こえてこない。
あー、うんうん。よくある。
試聴用に並べてあるけど、鳴らす機材の調子が悪いのね。きっとウラに回って機材の様子を見る余裕がないとかなのね。‥って、あれ?
端子が出てる。
見回すと、全ヘッドフォンの端子が、棚の前に出てる。
これ、試聴用の台を使ってるだけで、試聴する仕組みを装備せずに、ただ単に商品を並べてる‥‥

‥なんのこれしき。
オレは今日、iPodとノイズキャンセルヘッドフォンを買うためにここまで来たんだ。
音が出なくっても装着感は試せるし、よく見ればほら、ノイズキャンセルヘッドフォンには電池が入ってて、ノイズキャンセル機能だけは試せるじゃないか。
メイン・ヘッドフォンとして買うわけじゃないんだ。モニター用じゃないんだ。音質は真剣に考えなくても良かろう。だからこれでも試せる。よしよし。

ふむふむ。なるほど。この製品にしよう。商品カードは‥あれ?ない??これどうやって買うの?ああ、各製品に番号シールが貼ってある。この番号を店員さんに告げるのね?よしよし。番号憶えた。

iPodの販売カードを持って、レジへ。
「いらっしゃいませ」
「このアイポッドとですね、ヘッドホンの53番を下さい。」
「は??」
「え?」
「なんの何番ですか?」
「ヘッドホンの、53番です」
「‥‥(虚空を見つめている)」
「‥‥あのですね、ヘッドホン売り場にですね、レジに持ってく販売カードがなかったんです。で、番号が貼ってあったんです。それが、53番だったんです。」
「‥‥少々お待ち下さい‥」

なんのこれしき。
この店員さん、「研修」っていう腕章してるじゃないか。

やがて、別の店員さんがヘッドホン売り場に歩いていく。
別の店員さん、売り場でなんだかおろおろしている。

幸い、レジで人を待たせてはいない。
私もヘッドホン売り場へ行く。
貼ってあるシールを指差して、
「この53番です」
「あぁ‥」
この店員さんも、ヘッドホンに商品番号が振ってあることを今はじめて知ったご様子。
「少々お待ち下さい。」おろおろ去っていく店員さん。
はい。待ちますよ。


‥‥3分‥‥5分‥

‥‥10分‥‥

「あんの~‥‥おとーりよーせにーなるーんですーけどー‥」

「‥じゃぁ結構です。
先ほどレジに出したぶんも、まだレジ打ってないですから、キャンセルして下さい。」

というわけで、手ぶらで帰ってきました。

さて。
轟沈したのは、お店でしょうか。私でしょうか。

いや、どうしても欲しいとか、どうしても必要とかなら、
家に戻ってすぐにでも通販サイトに行きますけど、
ちょっと、心が折れました。

そういうわけで、
iPodを持たない暮らしは、まだ続くのでした。

快復したら、もっかい考えます。
追記/補足を読む

無限にA=A´、及びそれ以外 

あたりまえと思っていることなら、
かなりの事が当てはまる。

たとえば仮に、そのあたりまえのことを、A=A´ とする。

「A=A´。あたりまえじゃん。」とか思う。

そのうち、
「うわー。あたりまえって思ってたけど、
ほんとにA=A´なんだな。」
って思うような体験をする。

そうやって、
「みんな当たり前に思ってるけど、
じつはA=A´って、すごいことなんだよな」
などと思いながら歳月を重ねていく。
歳月を重ねていくうちに、ある日突然、

「何てことだ!A=A´じゃないか!!」
と愕然とする事態に直面する。

A=A´のところに、いろいろ当てはめてみるといい。
「青空は、青い。」
「ものは、こわれる。」
「ひとのことは、よくわからない。」
「ドとミとソを同時に鳴らすと、ドミソの和音になる。」
「自分はいま、生きている。」

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修証一如:
悟りと修行ってのは、違うもんではなくって、同じものなんだ。修行を始めたら、それはもう悟ったってことなんだよ。

証後之修:
悟りってのは、果てがないもんなんだ。だから、悟ったからって、修行を怠ってはならないんだよ。

(以上、舟沢が勝手に意訳)
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そういうわけで、
時折自分の書いた昔の文章を読み返してみて、
若いなあ、と今の自分が思ったとしても、
今思うことと、文章上は大して変わらなかったりする。
なので、推敲はするけど、あまり削除はしない。

このへんを考えると、故・河合隼雄氏はとても巧く文章を書く人であった。
人によっては読んでて失笑するくらい、平易なことを書く。
小学生でもすらすら読めるくらい、平易に書く。
しかし内容は、わかればわかるほど、おそろしい。

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同時に、上記のような果てしなさに当てはまらない事柄にも、しばしば出くわす。
すなわち、まるっきり無知だった事柄。
それを知ることは、素晴らしいことでもありうるし、
残念なことに、耐え難いことでもありうる。
そういえば、歴史上の禅僧はしばしば、
「悟りなんかに、大した価値は無い。」
みたいなことを口にしているのを読むことがある。
あれは、無知を知に変えるほうが価値がある、という意味なのかもしれない。
傍目に見てあたりまえのことを、あたりまえのままに放置している人を見ると、ああ、あれじゃだめかもな、と思うし。

それに、自分が無知無能であることを思いっきり体験させられると、その時には茫然自失と半狂乱の入り混じった状態に陥ったとしても、ある程度時が経って、内省できるところまで来ると、これってもしかしたら、自分があたりまえのことをあたりまえとして放置していたツケを払っているのかもしれない、などと思ったりもする。

むずかしいのは、
それならあたりまえのことをあたりまえのまま放置するのをやめようと思って、あたりまえのものを見つめてみても、あたりまえのものはあたりまえのままだ、ということ。
現代社会のせいか、私のせいかわからいけど、
私にはやはり、坐禅と日常生活は、
かなり違うものに思えてしまう。
典座(てんぞ。禅寺の炊事)のような気分で、日々の仕事に一心に打ち込んでいると、途方もないしっぺ返しを喰らったりするのだ。(もちろん私が至らないからかもしれないけど。)

こうして考えると、知ることで世界が組み変わる体験と、
知ったところで世界が組み変わらない体験が、
別種でありながら、
猛烈な重さを持っている、
ということなのかもしれない。
さらに言えば、それは意識化できる場合とできない場合があり、
総じて意識化することを体験と呼び、
体験が最も重要、ともいえるし、
体験できない事柄が最も重要、とも言える。

むずかしいですね。
あーあ、書いてて難しくなっちゃった、
って自分でも思います。