水の試練 

正解はない。
自分なりの答えを出すしかない。
その答えを出すための材料がない。
材料を収集する確かな方法もない。

どうしようもない。
しかし何とかしなければならない。
しかし、何をすべきかの答えはないし、
そもそも何かをするのか、何もしないのかすら、正解がない。

―最近、誰と話しても、
だいたいこういう感じの結論にたどり着く。

これは、一時的な現象とは思えない。
ある人はこの状況を神秘学用語の「水の試練」になぞらえたが、
よくよく思い返してみると、私自身が、
1994年のパフォーマンス「霧」のパンフレットに、
「水の試練」になぞらえた状況を予感し、書いていた。

思い出した。あの予感は強烈だった。
しかし実物がやって来たとき、
私は何が始まったのか全く理解しなかった。

長い長い水の試練。
これは生涯続くことも視野に入れておいたほうがよさそうだ。

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