ノン・ミュージシャンですらないのだとしたら 

どうやら私は、
仮にアンダーグラウンドのミュージシャンであったとしても、
アンダーグラウンド・シーンのミュージシャンではないみたいだ。
だから私は、アンダーグラウンド・シーンの人々に受け入れられない。

この歳になってやっと判ってきた。
遅すぎる。
「アンダーグラウンド」の意味も、2度3度と変遷した。

“普通の”音楽をやる人々は
「あんたがやってるのは音楽なんかじゃないんだよ。」
と言って私を軽蔑するし、
いわゆる“ノン・ミュージック”の人々は
「お前がやってんのはただの音楽じゃないか。」と言って私を軽蔑する。

音を聴く以前の問題の場合もある。
実は以前、「日本で最も自由なインディーズショップ」と評判の店に、
CDを置いていただけないかと挨拶に行って、ひどい剣幕で追い返された。
高校生がカセットを売れるような店で、である。
顔か、服装か、言葉遣いか、いくら考えても解らないが、
とにかく店長さんに直感的に「外敵」と見なされてしまった。
おそらくアンダーグラウンドらしい顔、服装、言葉使いというものがあるのだろう。

私の作品を取り扱って下さるお店の大半が、
アート・ショップや本屋さんなどであるのは、そういう事情もある。
(狙ってやってるわけじゃない。
あがいてあがいて、気付いたら今のようになってただけだ。)

そうは言っても、様々な場所に、
好いて下さる方々が、少しずついる。
そういった方々に、何らかの“傾向”は、ないように思う。
クラシック畑にほんの少し、ニューエイジ好きにほんの少し、
プログレファンにほんの少し、ノイジシャンにほんの少し‥…
…つまり、マーケティングして狙って売る、ということができない。
生まじめに作って生まじめに売ることしかできない。
しかし、このやり方は、音楽業界では「いいかげん」と呼ばれる。

しかし、音楽で収入を得ているかどうかだとか、
どこかの音楽家の協会の会員かどうかだとか、
譜面の読み書きができるかどうかだとか、
WAVかAIFで自作曲を提出できるかどうかとか、
そういうもろもろよりも、もっとずっと深いどこかで、
私は、じつは音楽家ではないのかもしれない。
‥そんな考えがふとよぎることがある。

この考えに私は恐怖する。
「オンリーワンを自慢してやがる」と思われるのも怖いし、
養老某氏の考え方に100%同意しているわけではないけれど、
「ほんとうの個性なんてものに何の価値もない」という考えには、
確かに一理あるような気がする。
逆に、「お前みたいなありふれた凡人が何勘違いしてんだ」、
みたいに言う人もいる。

四十を過ぎてなおも思う。
私ゃいったい何なんだ。

コメント

とにかく前へ

>>私は、じつは音楽家ではないのかもしれない。

西洋音楽を基準にしている公立学校の音楽の授業で、僕は「メロディー」「リズム」「ハーモニー」が音楽の要素だと教わりました。そうすると、ブライアン・イーノもジョン・ケージも音楽家ではないわけです。(少なくとも音楽ではない作品を作ってきたことになりますよね?)

逆に巷ではアンダーグランドの対極にいらっしゃる「アーティスト」と呼ばれる人たちが、出典が明らかなコード進行、リズムパターン、モチーフを組み合わせて「音楽」を量産しています。

虫雄さんが訪ねた「日本で最も自由なインディーズショップ」は「ロックは音楽形態の一種ではなく、生き様だ!」などという、非常にありふれた考え方をしている人が経営していたのでしょう。

常に感じる彼らと僕の違いというのは、「彼らは僕を理解できずに否定するが、僕は彼らが理解できるし否定するつもりはない。」ということです。もちろん日常生活では、こんなことは口にできません。

僕のように、いつか虫雄さんと音楽を作れるような人間になることを目標にしている「音楽家」もいるのです。(もう少しまともな人に目標にされたいでしょうけども・・・)

がんばっていきましょうよ。

Re:とにかく前へ

コメントありがとうございます。
久しぶりにちょっと元気が出ました(笑)。

>「ロックは音楽形態の一種ではなく、生き様だ!」などという、非常にありふれた考え方をしている人が経営していたのでしょう。

ああ、なるほど。そんな感じでした。

そういえば一昨日、非常に尊敬している舞踏家の友人が、21世紀に入ってからアート界を席巻している、“正弦波とデジタルノイズのピーガリプチガリ音楽”と、その類縁にある美術、ダンスなどを、“ネオ権威主義”と呼んでいて驚きました。

“家出をした作家達が文壇というイエを作る”。これはもう日本の風土病みたいなものでしょうね。

‥という考えにも、「おれは正しい世の中みんな馬鹿だ」という思想が混入しやすく、そのことが人を前に進ませなくする危険性があります。

まぁ、どっちが前かわかんないご時勢ですが、よたよた歩いていけるとこまで歩く所存です。

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文体の問題ではないでしょうか

日本語で表現すれば、日本人には伝わる
だが、その他の国には伝わらない

もし、自分にしか通用しない表現を使ったのなら
分かる人にしか分からない、どんなジャンルにも当てはまらないから、聴き方が分からない

殆どの人が、音楽を群体(ジャンル)で聴くと思うので
群れに入ってない人にしか、解れないのかも知れません

と言っても、7ヶ月前ですが・・・

Re:文体

コメントありがとうございます。

私にはどこかで、「自分にしか通用しない表現は使っていない」と信じているようなところがございます。
「自分自身の音楽でなければ意味が無い」も、「自分自身の音楽になど意味が無い」も、どちらも真実だと思うのですが、私は、どこか人の心の地下水脈のようなものを通っていくような何かを作っているのではないか、とひそかに思っているのです。

まぁ、これからもコソコソと生きてまいります。

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