美意識の民族断層 

過去を遡ろうとすると、
魂の断層に出くわすことがあります。

無論、日本民族構成員として、です。
(↑なんかおっかない表現ですが)
つまり、自分を「日本人」として規定して、美意識を過去に遡っていくと、唐突に“なんだかわかんなくなる時点”に出くわすのです。

まず、似たような人は多いと思いますが、音楽について。
私は滝廉太郎先生よりも過去に、日本の音楽を“魂”で遡ることができません。
つまり、ものすごく大雑把に言うと、私にとって日本の音楽は、明治時代、西洋音楽との融合が始まってから“始まって”いて、それより前は“先史”のようなものなのです。
もちろん、薩摩琵琶をはじめ、好きなものは散在しますが、それは「ブルガリアの音楽に好きなものが散在する」のと大して違わなくなります。魂は激しく共振します、しかし、時間軸の上に置くことはできなくなります。

最近気付いたのですが、私の好きな日本美術の相当な部分が、横山大観先生より以前に辿れないようです。
調べてみると、明治中~後期に、保守的日本美術でも、帰依的西洋画でもなく、両者を統合する道を「果敢に前進」しはじめた人だそうですので、西洋画/日本画の統合を果たしたものよりも以前の美を、私の魂は正確には辿ることができない、ということになります。
それ以前になると、私が好きな日本美術は、時間軸からはずれた、散在するものになります。(ちなみに、私は円空が好きですが、円空は永い永い間無視され、昭和の高度成長期に“再発見”されたのだそうです。つまり円空は、戦後の美意識に適った存在だ、ということになります。時代劇も同様。もしも昭和後期の時代劇が好きなら、それは昭和後期が好きなのであって江戸時代が好きとは限りません)

断層が明治以前にあるものも、あるにはあります。
漆器は室町あたり、
仏像は鎌倉あたりから、
“私にも辿れる日本”が始まります。

これは教育や、幼少時の環境なども関係しているでしょうし、
個人の魂の質も関係するのでしょう。
万葉集を魂で精密に辿れる人だって、いくらでもいるのですから。

このように私は、思ってた以上に“西洋的”な人間なのかもしれません。

―とまぁ、こんな戯言は、これからもどんどん戯言の度を深めていくのでしょう。
うんと長期的に見れば、全ての美意識は、時折揺り戻しつつも民族や国家を離れ、個人の内部と、個人と個人のあいだ(共同体)に還元されていくのは明白です。
ただ、昨年来古美術がマイブームだったのと、
父の遺句集の理解にことのほか時間がかかっているのと、
マイスペースでフランス人に蕪村の話題を振られたことで、
ちょっと自分を“日本民族構成員”として捕らえたときに見えてくるものを、記してみただけです。
“日本国民”という概念が明治維新以前にあったのか、あったとしてもそれは今と同じ概念なのか、私には判りませんので、“日本民族”として捕らえてみたまでです。

‥すんません。(←なんとなくあやまってみる)

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