禅師 退院 

禅師が退院なされた。
まだ坐禅は無理であるが、
私が一人坐禅したあと、
お茶を淹れてくださり、ひとしきり談話。

やっと経緯を伺うことが出来た。
踏切で転ばれたとの事。
近年の様々な病の様々な入院と違い、
意識がはっきりしている分だけ苦痛に感じたこと。
これにも何らかの意味があることが自分で判るということ。

私が考えていた「芸術家と宗教家の違い、業の推進力について」。
「そりゃぁそういうもんだよ。人それぞれ違うもんではあるけれど、
いずれにせよ芸術家に限らず、業があるから前に進めるもんだよ。
そこに芸術家と宗教家の違いはあんまりないんじゃないかなぁ。
僕もねえ、30年ばかし憎んでいた人がいたんだがねぇ、
あるときあんまり憎いんで、歩いてやろうと思ってねぇ。
千葉から九州まで歩こうとしたことがあったがねぇ。
憎むこころが一歩、一歩の足の痛みと響きあってねぇ。
(中略)
しみじみ憎しみが自分を前に進めていることがわかったよ。

今回の骨折も、これが何かのスタートだと思うんだ。解るんだよ。
つくづく、プラスにならないマイナスはないもんだ
この歳になってほんとうにそう思うよ。
わはは。」

だそうだ。

とりあえず、お元気そうで心底ほっとしたのであった。

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