わからない徒然 

つくづく、自分はアナログの音が好きなのだと思う。
こういうことには気づきたくないし、
変われるものなら変わりたい。
アナログ。
デジタルでもアコースティックでもなく、アナログ。
現在、最も滅びる可能性の高い、アナログ。

たとえばある種のCD(ドローン系と呼ばれるらしい)。
トロンボーンか何かで、単音を小一時間、鳴らし、鳴りやみ、鳴らし、鳴りやみ。
これがなぜか、堪えられない。
数十年前の現代音楽。
トロンボーンか何かで、単音を小一時間、鳴らし、鳴りやみ、鳴らし、鳴りやみ。
これがなぜか、飽きない。
アナログテープに録音されたものは飽きないものになりやすい。
なぜそうなるのかは、解らない。

VCO-アナログ発振は飽きない。DCO-デジタル発振は飽きる。
こちらは以前から解っていることで、私だけではなく、
昔は散々議論されていたことだ。
アナログ発振は留まらない。デジタルは回路が安定しすぎて音が止まって聴こえてしまう。しかしデジタルの方が便利だし安い。どうしたらいいのか。
デジタル楽器出現当時は、雑誌で、楽器屋で、そんな話ばかりだった。

しかし、生楽器の発音ならもっともっと複雑で留まっていないはずだ。
それをデジタル録音すると、どういうわけかたちどころに飽きてしまう。
ドの次に、すぐにレなりミなりが聴きたくなってしまう。
一音の内側に入っていけないのだ。
VCO-アナログシンセのデジタル録音だと、こういうことが起こらない。

なぜだろう。

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もしかしたら、アナログということ以外にも様々な要素が絡んでいるのかもしれない。
たとえばマイク位置。
どういう楽器にどういうマイクを、どういう角度でどういう距離で設置するか、
その技術は殆ど継承されない。
音質にも流行りすたりがあるし、
エンジニアさんも、名人ほど技術を秘密にしがちである。
だから数十年前の技術は、殆ど残っていない。

色々なことが、わからないまま、歴史になっていく。

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自分は過去にしがみついているのだろうか。
そう自問してみたりもする。
そんな気もするし、そうでない気もする。

私だってアナログシンセならなんでもいいというわけではない。
昔のシンセ音楽で、好きでないものは沢山ある。

それに、今や最新のPCで最新のソフトシンセを使えば、
それはそれは凄まじい音を出すことができる。
徹底して複雑化させたデジタル音でも「なぜか飽きてしまう」のなら、
ある種の才能溢れる若い人々のように、
そのソフトで出した音をカセットに何十回もダビングしてから、
もう一度PCに戻してやればなんとかなる。

しかしそれでは、演奏ではなくなってしまう。
それでいいのだろうか。

わからない。

わからなくても、
いつかハードウェア・シンセがこの世から消えれば、
そうせざるをえないだろう。
元々いくら練習しても幼児教育レベルを維持するのがやっとの指だ。
マウスだけで音楽するのもまたよかろう。
しかし、自分の求める音のつつましさ、
そのつつましい音を実現するための膨大な作業を思うと、
再び考え込んでしまう。
PCに入ってる数千数万のプリセット音の中に、
私の音は、ない。
数ヶ月かけて一々作っていったほうが、
選ぶより速い。(リズム楽器は別ですが)
しかし、その数ヶ月かけて作る音の、なんとシンプルなことか。
私が私の胸の奥で鳴っている音を放棄すれば、
いったいどれほど膨大で豊かで高品位な音が手に入るのか。
それを思うと、めまいがする。

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似たような話で、最近のめり込んでいる画像ソフトや動画ソフトがある。
私はそういったソフトを、最小限にしか使わないし、使えない。
プロのように、四角形を生成して、それを加工して炎の画像を作るような、そんな神業みたいな事はできない。
しかしそんな私でも、プラグインの癖がある程度見抜けるようになってきた。

私は、納得のいく「ピンボケ写真」が撮れるまで、何度も試しながら撮っていた。
やがて、「ピンボケのプラグイン」の存在に気づく。
これは非常に便利なもので、合成をなじませたりするときに重宝している。
しかし、これで「ピンボケ」を作ってしまうと、そのプログラムの癖が出てしまう。
すぐに「あ、あの会社のあのソフトのプラグインのボケだ」とわかってしまう。
やはりその場で試しながら撮っていたのは正解だったと思うし、これからもそうするだろうと思う。

そういえば私には音でも2種類ばかりそういうプラグインがある。
ひとつは有名な、ドイツの学生さんが作ったデジタル歪みのエフェクター。
ハリウッド映画なんかで、場面転換のたびに「しゃごっ!」とその音が鳴ると、書き割りを見るような興ざめを感じる。
もう一つの、とあるDTMソフトを買うと必ずついてくる「通すとSP盤の音になるエフェクター」も然り。鳴り出した途端、ああアレね、と思ってしまう。

――やはり自分で七転八倒してたほうがいいのか。
それとも、そういうのって、じつは下手なものに目や耳が気付いてるだけで、四角形を炎にするほど操作を極めて、超越すべきなのか。
はたまた、それと判るプラグインは避けて、要領よくスマートにやりくりすべきなのか。

わからない。
もしかしたら、その全部なのかもしれない。

‥‥なんか、書いてたら、本当に全部からその都度選び取っていくのが正解な気がしてきた‥

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最近、MP3の音質ということに、何か秘密があるような気がしている。
ある種のポストロック。
「おっ?」とジャケ買いしたCDを聴いて、「うわっ!」と慌てて中古に売り飛ばすことがある。(ジャケがい、って死語ですか?ジャケットデザインに惚れ込んで、リスクを取ってCDやレコードを試聴せずに購入することです。)
ただ単に買って失敗だったのみならず、こういうCDが家に置いてあるということ自体に我慢ができず、すぐにでも処分したいと思ってしまうような、そんな“ひどい”アルバム。

ある日、Last.fmのMP3ラジオをシゴトで聴いてて「おっ?いいな‥」と耳を留める。
見ると、確かに私が慌てて売り払ったアルバムである。
こういうことが、複数回起きて、全て「ポストロック」と分類されている音楽に関してなのだ。

‥?
もともとMP3で聴くように考えられていて、CDは度外視して音作りしている?
まさか。
聴くときの意識状態で、聴くに堪えない音楽が良い音楽に変化する?

わからない。

しかし、私にはケージやグールドのような例がある。
ある日突然何がなんだか判る日が来るのかもしれない。
来ないかもしれない。

わからない。

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なにせ二十余年封印してきたほどだから、
自分のことを動画をナメているとは、思っていない。
しかし、それでもくじけそうになったり、欲が出て判断がつかなくなってきたりする。
そういうとき、何人かの天才の失敗作を思い起こす。
(監督さんの名前や映画のタイトルは控えます)
そういうときの監督さんから、非常に良く聞く言葉。
「次いつ撮れるかわからないから、
これが最後のチャンスかもしれないから、
やりたいことを全部詰め込んだんです。」
何かをやり遂げる力には、何かをやらない決断力も含まれている。
わかっているようで、なかなか実践出来ない。

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私は、作りかけの動画を完成させなければならない。

これは、わかっております。
いましばらくお待ちください。

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