モノラルの泉 

G・グールドの、ショパンのピアノソナタ。
80枚組の全集には入っていないので、
生前には発売されなかったものなのだろう。
モノラル録音。

全てのモノラル録音がそうとは限らないし、
ステレオ録音をモノラルに変換しても尚更そうとは限らないのだが、
私は、古いモノラル録音から立ち昇る真っ暗な空気を、深く愛している。

まるで光の届かない深い場所から、
真っ暗な生命と、光の記憶のようなものが立ち昇って来るようで、
その深い穴に一人で耳を済ませているうちに、
本当に重要なものは何なのか、判ってくるような気がするのだ。

無論、気がしてくるに過ぎない。
いや、或いは本当に大切な何かであるのかもしれないが、
現代の技術で当時の空気を出すモノラル録音は、
私の知る限り不可能である。

よって、(たとえそこから音の生命を汲み出すことができたとしても、)
自分の音を作るときは、ステレオである。

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最近になって、やっと、自分が、
「コンデンサーなどに拠る周波数ごとの信号遅延」
を好んでいることに気付く。

アコースティックをデジタル録音した音よりも、
ソフトシンセの音よりも、
アナログシンセをデジタル録音した音を好むのはそういうことらしい。

ソフトシンセによるラップトップ音楽にも、
アコースティック楽器とPCによる音楽にも、
聞き手として、好きなものはあまりにも僅かだ。
作り手として、これは非常に困ったことである。

しかし、ハードウェアシンセや、
コンデンサーに拠る周波数ごとの信号遅延は、
私が好むようには流行らない。
どういうことかというと、
CPUをいっぱい使うようなプラグインのEQなどには、
そうとは書いていないものの、
どうやら信号遅延をシミュレートしているものも多いらしい。
が、そういうのを使っても、
「一生懸命60年代のロックンロールの音っぽくしました」
みたいな音になってしまうのだ。
そういうプログラムなのだから仕方ない。
だから、アプリの中では、シンプルな素っ気無いEQしか使わない。

よって、ハードウェア・シンセやアナログEQは、捨てられない。

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レコードがCDになったとき。
アナログがデジタルになっとき。
生が打ち込みになったとき。
ハードがソフトになったとき。

いつだって新しいほうが未熟で、
いつだって未熟な方が成長して追い抜いてきた。

先日久々にレコーディング雑誌を読んでいたら、
ハードウェアシンセを売り払ってソフトと格闘してるけど、
どうしても妥協することしかできない、という方がいらした。

きっと、もうしばらくすれば、ソフトはハードを追い越すのだろう。

しかし、コンデンサーの位相ずれを“私が好むように”シミュレートしてくれるソフトは現れるだろうか?それは実物と遜色ないだろうか?

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当たり前でもあり、恐るべき事でもあること。

耳の好みが、少しづつ変わって来ている。
確かにこれ以上はありえない、
そう何十年も思い定めていたアルバムが、
久々に聴いてみると、いつの間にか凡庸になっている。
確かにこれが自分の原点であったはずなのに。
(いったいどうしたらいいんだ。)

あまりにもクリアで、却ってよそよそしく感じていたアルバム。
いつの間にか、そこから“心”を汲み取れるようになっている。
何がどう変わったのか、自分でも解らない。

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このほんの2年ちょっとの間に、
猛烈に音がクリアだけれど、よそよそしくならず、
散漫にもなっていないアルバムに何枚か出くわす。
どうすればそういう音が作れるのか、
全く想像ができない。
調べてみると、
知ることが出来る限り、そのアルバムは全てMACで作られている。
そして、知ることが出来たものに関しては全て、
MAC専用の、アポジーの高価なオーディオインターフェースを使っている。

労苦とお金をかけて、MACに回帰するつもりは、いまのところ、ない。
第一、その、「猛烈にクリアでありながら音楽的でもある」音に到達できたとしても、それは“私が理想とする音”とは、ちょっと違うのだ。

しかし、いま“ちょっと違う”としても、私の耳は、永い間に少しずつ変化してきている。
どうしたものだろう。

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悩んでる時間は、もったいない。
私が半年かけて作る音は、
どこかで誰かが15分で作れるのかもしれない。
しかし、その方法を探し出す時間が、もったいない。
多くは語らないが、ソフトシンセにはほとほと懲りた。

‥いや、もしかしたら、私が知らないだけで、ソフトシンセはもう追いついているのかもしれない。
しかし、わたしは、もはや、懲りてしまった。
闘いを始めたのが早すぎたのか、それとも根気が足りないのか。
どちらだろう。

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真っ暗な夜。
真っ暗なモノラル録音。
私は、その滾々と湧き出る生命の泉に、魂を浸す。

―そして、日々の煩悶に帰っていく。

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