感動より深い何か 

――時計を見ると、ほぼ一周していました。
こういうことを最後に体験したのがいつだったか、もう思い出せません。
体験してみると確かに、熟睡昏睡は違うものだと分かります。

舟沢の歴史観というか歴史感~時間や民族の捉え方については美意識の民族断層あたりを参照。
舟沢としては、小津安二郎という天才は、だいたい2段階くらい断層を乗り越えないと観れないものだと感じております。
今回、久しぶりに「麦秋」を観たのですが、非常に多くの新たな発見をしましたし、かなり多くのことがもはや判らなくなっていました。

そういった、判ったこと、判らなくなったこと、感じたこと、もはや感じることが出来なくなっていたことなどを書いていたらきりがないのですが、そういった様々な事柄を思い出しながらいくら考えても、

なぜ私は 小津安二郎「麦秋」を観た夜 昏睡状態に入ったのか

が、どうしても判らないのです。

もしかしたら、自分でも判らないほど深い魂の奥で、
断層がずれたのかもしれません。

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