禅者と学者 

禅師と対話をしていていると、
しばしば「ゼンシャ」「ガクシャ」という言葉が出てくる。
学者と禅者の違いはなんだろう、と考える。

高名な禅僧さんの談話や説法なども、
結構ネット上にあるものを聴いたりするが、
専門用語などを除いて、本質的には、
こちらも知っていることしかお話しにならない。

色々と考えて、

学者というのは知らないことを知る人、
禅者というのは知ってることを知る人、


ということではなかろうか、と思うに至った。

人は死ぬ、とか、
雨はやむ、とか、
知識で知っていることであっても、
どれほど深く思い知るかについては、際限がない。
「悟りには果てがない」というのは、有名な言葉。

ところで、私はここで、グルジェフを思い出す。
「知識と理解は違う」
「最初は頭で理解し、やがて心で理解し、ついには全身で理解した」
というグルジェフ。

グルジェフの凄みと、禅僧の凄みは、
なぜ、それほど似ていないのだろう。

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