オープン・リールの思い出 

カセット・テープより上の録音・再生装置といえば、オープン・リールであった。
使い始めた当時、演劇でも映画でも放送局でも、ほぼオープン・リールが使われていた。

オープン・リールを使い始めたのは、高校生の頃だった。
学校の放送室に1台のオープン・リールがあって、録音や再生のスピードを変えたりして遊んでいた。
大学に入ってからは、オープン・リールを、使って使って、使いまくった。
録音の授業で使いまくったし
学生演劇の音響現場でも使いまくった。
エンジニア志望の学友達とも情報交換していたし、
かつてエンジニア一筋だった先生方からも使い方をみっちり教わっていた。
それに、学生演劇といっても小劇場に有料でお客さんを呼ぶのだから、
修羅場もそれなりにくぐったし、相当鍛えられたと思っていた。
知識だってそれなりに持っているほうだと思っていた。
一般的なオープン・リールは4分の1インチ幅であり、「オープン」と言えばほとんどの現場では4分の1インチでテープ・スピードが19cm(7.5インチ)/秒のことであること。
それ以外は別途付け足して呼ぶのが常識であること。テープスピードが38cmのオープンは「サンパチ」と呼ぶし、幅が2分の1インチのテープは「ハーフインチ」と呼ぶこと。
4分の1インチが約6mmであることから、映画業界ではオープン・リールのことを「ロクミリ」と呼ぶこと。
リールの素早い巻きつけ方、音の頭出しのやり方、リーダー・テープ(音のアタマを判りやすくするための白いテープ)のつなぎ方、バルク・イレーザー(消磁気)の使い方のコツ、こういった様々な技術を、来る日も来る日も研鑽し続けた。

大学を出てすぐに就いた仕事で、オープン・リールを使う局面に出くわしたことがある。
「オイお前、倉庫行ってオープン取って来い。」
「ハイッ!」
全力疾走で倉庫から当該テープを取ってくる。
「かけますっ!」箱から取り出す。
「オイコラ、取り付け方わかってんのか」
「ハイッ!」
何年もやり続けてきたように、スイスイとテープの通り道にリーダーを通し、
リーダー・テープを空リールにガシッと巻きつけ、
手で手際よく2~3周させて安定させる。
無言の先輩。
無言の、元請の上司。
元請の上司には、どんなことがあっても、逆らってはいけない。
逆らえば円形脱毛症になるまで嫌がらせを受けるし、
組合など作ろうとする動きがあれば、
どんな手を使ってでも会社を追い出す。
そのように、新入社員のときの訓示で、社長に聞かされていた。

その、限りなく神に近い元請会社(民放キー局)の音声上司が、
私が「ガシッ」とまきつけたリーダー・テープを指差して、
静かに、ひとこと、口にした。
「ここ、折れまがっちゃってるよ?」

先輩が、私を突き飛ばした。
憤怒と驚きと狼狽が入り混じった声で、
「わかりもしねぇくせにわかるとか言いやがって‥」
その先輩は、リーダー・テープが折り目がつかないように、
丁寧にリールの内側にテープを挟み込み、細心の注意を持って一周させ、
その摩擦でテープが安定走行するまで手で回し続けた。
それを見て初めて、そのテレビ局の内部では、そのやり方が常識であるらしいと知った。

「いままで、あちこち、数限りない現場を渡り歩いてきたけど、
そんな常識が通ってる場所があることを知らなかったんです」
なんて、言わなかった。

論理的に正しいことだろうが、ジュース買って来いって言って好みのジュースじゃないのを買ってきたことだろうが、
「逆らいやがった」「口ごたえしやがった」
と激昂する人がほとんどの会社であることは、
その時すでに、いやというほど分からされていたから。
じっと黙って、怒られていた。

「あんの新人ヤロー、ナマイキどころか、今度はわかりもしねぇことをわかったフリしやがった。しかも元請さんの目の前で!」
と、さらに厳しく目を付けられたのは、言うまでもない。

その会社を去ってから、とても小さな、穏やかな職場に身を寄せていたことがある。
そこには1台のオープン・リールデッキがあって、ある日、それを使う局面が来た。
ここでオープンを使うのは自分だけだ。やり方が違う、と怒る人もいない。
慣れた手つきでテープの頭出しをする。
停止ボタンを押す。
ガヒャン、と音がして、テープが伸びきって、ちぎれる。
――目を疑う。何が起きたのか、分からない。
替えのデッキがあるわけではない。
そのオープン・リールデッキを使うしかない。
幸い、切れてもいいテープが手元にあるので、検証してみる。
早送り。巻き戻し。頭出し。停止。
どうやら、早送りや巻き戻しのときに、すぐに停止ボタンを押すと、
このデッキでは録音テープが伸び切ってちぎれてしまうらしい。
早送りを止めたければ、まず巻き戻しボタンを押して、
テープが引き返して巻き戻しに変化する瞬間に、停止ボタンを押す。
巻き戻しを止めたければ、まず早送りボタンを押して、
テープが早送りに変化する瞬間に、停止ボタンを押す。
つまりモーターの回転がゆっくりの時に、停止ボタンを押す。
すると、テープは、ちぎれない。

今回はなんとか切り抜けた。
しかし、これは深刻な故障だ。社長に報告をせねば。
社長に電話をかけて、症状を話す。
「あー。そうかね。キミは、オープン・リールの使い方を、知らなかったのかね。
知らないものは、知らないと、言って、くれたまえ。」
ん?
もう一度、丁寧に、症状を話す。
巻き戻し中や早送り中に停止ボタンを押すと、テープが、ちぎれるんです。
「あー。そうかね。キミは、オープン・リールの使い方を、知らなかったのかね。
知らないなら知らないと、きちんと、言って、くれたまえ。」
ん?んん??
何をどう説明しても、「キミはオープンリールの使い方を知らなかったことを隠していたのだね」を繰り返す社長。
その社長にとっては、オープン・リールが巻き戻し中や早送り中に停止ボタンを押すとテープがちぎれることが常識であり、私はその常識を知らずに知ったかぶりをしていたと思われて、言葉で小突き回されていたのだということに気付くのに、考え抜いて、半年ほどかかったように思う。
思い余って、学生時代の同じコースで、音響効果の道に進んだ人物に質問の電話をかけてみた。
プロの「音効さん」となったその人物も、ストップ・ボタンを押すとテープがちぎれるデッキについては「そういえば聞いたことがあるような」といった反応であった。

私は、アマチュアとして、音響学生として、今で言う“インディー系プロ”として、日々オープン・リールを使いまくった。
だが、(メジャーの)プロの現場で、最低限の知識・常識すら知らないで知ったかぶりをしている人間と思われて、2度ほど、全否定された。

そのあとすぐにDATの時代が来て、
そのDATの時代も、去っていった。

私が若い頃、何年も身を挺して覚え、蓄積し、
そして「なんにも知らない奴」とレッテルを貼られた、
オープン・リールの知識と技術は、

もう、忘れ去られてしまった。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://mushiof.blog45.fc2.com/tb.php/421-0f78b1be