ふつう 

知人のミュージシャンに、天才がいる。
その人を傍から見ていると、
一体どうしてそれほどのことをこなせるのか、
皆目解らない。

どんどんソフトウェアの使用法を覚える。
どんどん新しいPCを買って、
どんどんCPUを分散させてネットワークを構築する。
どんどん自分のブーススタジオを模様替えして、
どんどん鍵盤を弾いて、
どんどんトラックを増やし、
ものすごい曲を、どんどん作る。

それらを、4人の子供の父親として、こなす。

その片手間に、
全く触ったことのなかった、
ギターやベースやウクレレの練習を始め、
またたく間に上達し、
自分の曲(もちろん商用)のレコーディングに使うようにまでなってしまった。

そのまた片手間に、
かなりの量の文章をコンスタンスに書き、
それを匿名ブログで公開し続けている。

これらもろもろのことを、
TVゲーム制作会社のミュージシャンとしてこなしつつ、
マイホームを建てて、
恬淡としている。
活発に貪欲にこなしているのではなく、
淡々とこなして見えるところが、私には皆目解らない。

一体どうすればそれほどの仕事をこなせるのか、
訊いてみたことがある。

「どうすればって、普通ですよ
普通に鍵盤弾いてたら、普通に、曲、できるじゃないですか。
それ、普通に、録音するじゃないですか。
ふつうに触ってれば、ふつうにパソコンって覚えるじゃないですか。
で、ふつうにしてたら、結婚とかするじゃないですか。
で、ふつうにしてたら、ふつうに子どもができて、
ふつうにしてれば「家買いませんか」って銀行の人が来て、
ふつうにしてれば家が建つじゃないですか。
で、ふつうにしてれば興味ある楽器とかできて、
ふつうに調べればどれを買えばいいのか解って、それ、買うじゃないですか。
それを手元においておけば、ふつうに手が出て、
触ってるうちに、ふつうにうまくなっていくじゃないですか。
で、売り物に入っててもおかしくないとこまでになったら、
ふつうに弾けばふつうに録音できるじゃないですか。
ぜんぶ、普通ですよ。」

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話は1980年代に飛ぶ。
当時は「マニピュレーター」と呼ばれていた。
今で言うと、「シンセサイザー・プログラマー」。
シンセサイザーを使って、音色を作り、
ミュージシャンに提供する仕事。
私はそれを目指していて、
とあるマニピュレーター氏に弟子入りする機会を得た。
当時の自分としては、「マニピュレーターか、死か」
と思うくらいの熱意と覚悟で弟子入りに臨んだのだが、
1~2週間ほどで、そのマニピュレーター氏に、
「きみ、いくらなんでも、やる気がなさ過ぎる」
と言われたことを思い出す。

どんな仕事でもそうなのかもしれないが、
厳しいのは、その仕事の“真髄”とは違う場所にあるらしい。
マニピュレーターの場合、私にとって過酷だったのは、
睡眠時間であった。
朝10時からの仕事が長びいてしまって、
翌朝10時の仕事に遅れそうになってしまうようなスケジュール。
当時の一流マニピュレーターは、
一日15分の仮眠などで日々を暮らしていたのではないだろうか。
身命を賭して臨んだ仕事にやる気すら疑われて就けなかった悔恨は消えないものの、
多くの睡眠を必要とする自分には不向きだったということも、今となっては認めざるを得ない。
私は、マニピュレーターに、なれなかった。

月日が流れ、過日、そのマニピュレーター氏が、
ツイッターをやっておられるのを発見した。
見てみると、
「しまった、休日だからといって、4時間も眠ってしまった」
などとつぶやいておられる。

で、睡眠について少し調べてみたら、
生まれつき睡眠時間が少なくていい体質の人、というのがいるらしい。
おそらく、そのマニピュレーター氏も、そうなのだろう。
4時間眠って「時間がもったいない」と残念がるほどの短い睡眠時間が、
その方の「普通」だ、ということらしい。

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一体どうすればそうなれるのか、
とても人間業ではないような生活をする人に、
何度も出会ってきた。
一体どうすればこんなものが作れるのかという、
考えられないようなものを、
沢山、見たり聴いたりしてきた。

もしかしたら、みんな、
ふつうにしてた だけなのかもしれない。

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以前も書いたが、「無事禅」という言葉がある。
何もかもあるがままでいいのなら、
初めから何もしなくていいのと同じ。
人間らしさというか、「人生らしさ」というのは、
しばしば「ふつうではない」ところ、
あるがままではない、不自然な場所に生じる。

自然と不自然について、
どう捉えたらいいのだろう。
時々、わからなくなる。

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