終了:「元型ドローン(Vol,1)」 

舟沢虫雄
電子即興ライブ「元型ドローン(Vol,1)」は、
終了いたしました。
お越しの皆様、ありがとうございました。
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今回、初めて即興のライブを行い、
いろいろなことを経験しました。

ライブを観に/聴きに来るという行為を、
非常に多くの人々が「参加する」と表記することに対して、
舟沢は内心、不思議に思っていました。
ですが、最初の音が外の雨音とかみ合った瞬間、
途中の音が会場にかかっている絵画にかみ合った瞬間、
ご来場いただいた皆様の気配と電子音の音程がかみ合ったあまたの瞬間、
ああ、たしかにライブというものはその場に存在する全てが「参加」しているのだ、
と感じることができました。
これは今までの、
「音を作りきって、練習しきって、それを寸分の狂いもなく出し切る」
という方式のライブでは経験したことのないものでありました。

「音を作りきって、練習しきって、寸分の狂いもなく出し切る」
という行為は、苦しいものです。
来る日も来る日も、同じ曲の音色を作り、同じ曲を弾き、
それを録音して聴き手に回って張りつめて聴いて音を吟味し、
それを元に弾きかたやシンセサイザープログラムを微調整していく。
だから従来のライブですと、終わったあとには、むしろ、
「もう、やらなくてもいいんだ」
とでもいうような開放感のほうが強かったのです。
ですから、非常に多くの方が口にする、
「ライブの後の興奮」とか、
「やった、これこそが音楽だ、という実感」とか、
「もう終わっちゃうのか、という終わった後の寂しさ」とか、
そういった言葉を、舟沢は不思議に思っていたのです。
それを、今回、自ら経験しました。

「経過の中に存在する音楽」というのも、
舟沢にはよく理解できないでいました。
勿論、即興やアドリブなどは聴いてきたのですが、
ご自分のツアーを、ある種の音楽家の方が、
「探求の旅」
と呼んだりすることを、不思議に思っていたのです。
「探求」は一人でやることではないのか。
お客さんに提示するのは「探求の成果」なのではないかと。
しかし、お客さんの意識が「参加」し、
その場にある全てが「参加」した状態で、
その場でしか生成しえないもの、
その場でしか「探求」しえないものを、
実感として、経験しました。

書いてみれば、どれもこれも、
「あたりまえだ」「知らなかったのか」と笑われそうなことばかりですが、
それらを今回、経験しました。
目の前に見知らぬ道が見えているような気分です。

このライブ、シリーズ化できないか、現在模索中でございます。

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