死者と天文 

あまり祝日・休日に外出しない生活である。
季節の儀式にも、それほど縁もないし、興味・執着もない。
それでいて普段、頻繁に墓参りをするほうだと思う。

“お彼岸”という風習に、あまり興味はなかった。
調べてみても、何か宗教的・神秘学的・霊学的な根拠があるわけではなく、
死者とはいつでも、どこでも、心に思えば共にあるはずなのだが、
実際に、彼岸の中日(秋分)に墓参りをしてみると、
普段墓参りするときの体験と、
明確に違うことが、体験として、わかる。
天文上の区切れと、死者の扉に、何か関係があることが、
体験として、実感される。

古今東西の神殿や墳墓が天文に合わせて作られているのだから、
知ってる人にはあたりまえのことかもしれないが、
死者と天文は、やはり関係しているように思われる。

そんなことも知らないで「夜の彼岸」を作ったのか、
と詳しい人に笑われそうだが、
夜の彼岸」は、時間を内側から見て作った作品。
そもそも私の大抵の作品は、時空間を内側から見て作られている。

私はよく、打ち合わせなどの席で、
「時間を内側から見てください」と言って、
人から不思議がられてしまう。
どうやら私は、時空間を内側から見ることに、長けているらしい。
逆に、天文学のように、時間を外側から見る学問は、
なかなかに苦手である。

歳を重ねていいところは、
苦手なものがわかり始める経験をするところかもしれない。

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