理解を超えた匠の技 

以下、芸術的な話ではありません。あしからず。
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これを体験したのは、たしか、昨年だったと思う。
私は、自宅の前で、不思議な人物とすれ違った。
いや、あとから考えれば「なんだか不思議だった」と思えるだけで、
そのときには、不思議な人物とすら、ほとんど感じなかった。

マンションの前に、電気工事のような作業服を着た、
しかしたいそう身だしなみが良く、上品そうな気配の、背の高い男が、
何かの調査のように、何かをA4サイズぐらいのボードに書き込みながら、
悠然と立っている。
何を調べてる?と思うでもなく、すれ違って私は去ろうとする。
そのすれ違いざまに、まったく親密で、上品で、礼儀正しく、
そしてほんのちょっと困った様子で、私を呼び止める。
「あの、この辺って、○○町の○○番地のB号ですよね?」
「いやA号です」と足早に去ろうとする私。
「あーありがとうございます、あ、この今あなたが出てきたここは」
「A号ですって」
「あー、ってことはこのへんの市外局番は0‥」
「0XXです」
「そうですか。あ、この辺りってケーブルテレビって加入状況ってどうですかねぇ」
「知りません」
「あのちなみにお宅は」
「入ってません」
「あれ?それは何階ですか?」
「X階です」
「じゃ○号室の方ですね?」
「いやC号室ですって」
「あー恐れ入りますお名前を苗字だけ」
「Eです」
「あーあと○○は△△ですよね」

大体こんな感じの奇妙なやり取りが、
出掛けのすれ違いざまに、行なわれた。
記憶を脳内で再生しても、2~3分の出来事だったと思う。

数日後、自宅の固定電話が鳴った。知らない着信番号だ。
近年は、知らない番号には出ない。
以前、非通知のセールス電話を慇懃に断って切ったら、
断り方が気に食わなかったらしく、
相手がキレてしまって脅迫電話魔と化し、
「非通知お断り設定」をするまで数日間、
電話が鳴りっぱなしになったことがあったのだ。
用事があれば留守電にメッセージが入る。
大抵のセールス電話は、留守電なら無言で切れる。
ところが今回は、流暢な女性の声でメッセージが入り出す。
「○○号の○○様、このたびは契約申し込みありがとうございます――」

私の家の、住所も電話番号も名前も全部知ってて、
契約申し込み?なんだ??
たまらず受話器をとる。
「もしもし?」
「あ、ああ、もしもし、○○さま、このたびは○○ケーブルテレビご加入ありがとうございます」
「してません」
「は?」
「契約してません」
「あの、ご住所とお名前とお電話番号の入った契約申し込み書が、当方に届いているのですが」
「申し込んでいません」
「は?‥はぁ。何かの手違いでしょうね。失礼しました」
ここで揉めることはなく、相手は素直に電話を切った。

一体全体何が起きたんだ、と考えて、
冒頭の上品な男との2~3分のやり取りを思い出したのだ。
言ってる。
私は、自分の個人情報を、知らない人に、確かに、言っている。


・○○町A番地B号C号室
・苗字
・名前
・電話番号
・ケーブルテレビに未加入

これらを、堂々と、上品に、礼儀正しく、ちょっと困った声で、
ランダムに訊かれた。
C号室であることは、
「何階にお住まいですか?」
「X階です」
「ということは○号室ですね?」
「いえC号室です」
という風に、わざと間違えた号室を言われて、
咄嗟にに訂正するように口にしてしまっている。
住所は電柱などに書いてある番地まで言い当てて、
「この建物はB号ですよね」と言われて、咄嗟に訂正するように
「A号です」
と言っている。
電話番号に至っては、どうやって聞き出されたのか、
よく覚えていない。
「ああちょっとこの辺の市外局番って」
というような言葉をおぼろげに覚えているに過ぎない。

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ポイントは、

●全くランダムに断片的に聞く手法があるらしい
町、番地、号、部屋の番号、電話番号の市外局番、苗字、名前、
そういった一連の個人情報は、
「あなたは何階に住んでいますか?」
「あ、ちなみにこの辺は何丁目の○番地ですよね?」
などと、まったく断片化されて、前後関係をシャッフルされて聞かれると、
危険な質問だと気付けなくなって、
ついしゃべってしまうことがあるらしい。

●わざとほんのちょっと間違えて聞き出す手法があるらしい
「あなたが住んでいるのはこのマンションの○号室ですね?」
とほんのちょっと違うことを確認されると、
「いえX号室です」
とつい訂正してしまうものらしい。

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以上、2つのポイントまでは思い出したが、
いったいどうやって電話番号まで私にしゃべらせたのか、
私自身が思い出せない。
「あ、このへんの市外局番って」
というところまでしか思い出せない。

一体全体どうやって、
わずか2~3分の間に、
見ず知らずの人物から、
住所氏名電話番号を聞きだしたのか。
話術、詐術のアスリートというべきか、
技が高度すぎて想像がつかない。

それが、大手のケーブルテレビの営業職をしている。
つまり、超大手通信会社の、下請けのケーブルテレビ会社の、
下請けの下請けが臨時に雇った営業マンには、
振り込め詐欺クラスの話術、詐術のプロが混じっているということだろう。
そして人々の住所氏名電話番号を聞き出して、
「契約申し込みを取った」と会社に報告しているらしい。
一件受注したらいくらもらえる、という仕事なのか、
その“架空申し込み”の中から何割かの人は、なし崩し的に契約してしまうのか、
そのへんの仕組みはわからない。

――この文章を書こうかどうか、と迷っていたところに、
契約しているプロバイダからメールが届いた。
「弊社を騙る悪質勧誘電話にご注意下さい」
というような内容である。

もしかしたら、その「悪質勧誘電話」というのは、
無作為にかけられたものではなく、
「○○町○○番地○○号の○○様ですね?」
とかかってくるのかもしれない。
そんな想像が頭をよぎる。

大手通信会社の、下請けの下請けが雇用する営業マンには、
想像もつかないようなレベルの話術、詐術を使う者がいて、
「契約しませんか」ではなく、「○○様、契約申し込みありがとうございます」と、
ある日電話がかかってくることがありうるのだ。

詐術、話術は、“振り込め詐欺”という言葉が現れた辺りから、
想像もつかないくらい飛躍的に進化していたのだ、ということは身をもって知った。
それがお年寄りではなく、自分に対しても、
詐欺罪になる“寸前の”やり方で、
大手の会社が、平気で行ないうるのだということも、身をもって知った。

気をつけよう。うむ。
‥だが、どうやって気をつける?
宅配業者を名乗る人から自宅に電話がかかってきて、
○○さん、あなたのお宅は○号室ですよね?と言われたら、もう用心して口をつぐむのか?
道端で「この辺は○丁目ですか?」と聞かれたら、もう用心して無視するのか?
私からたちどころに個人情報を聞き出したあの男は、
路上で出くわすキャッチセールスとは全く違う気配の男であった。
宅配業者の人よりも、ゴミ捨て場を掃除する自治会の人よりも、
確かに“しっかりした人”に見えたのだ(それも不思議だが)。
だいいち、どうやって私から個人情報を聞き出したのか、
上記の2点、「ランダム」と「少し間違う」という話術以外、
高度すぎてほとんど言い当てることができないのだ。

私は、知らない人と会話するのは苦手なほうだと思う。
行きつけの美容院も、行くたびに、私との会話の糸口が見つけられずに困っているようだ。
そういえば、よく通る道で、すれ違う知らない人に挨拶をされることがある。
中には、私が無言の会釈であることが、不服らしい様子の人もおられる。
その私が、「むやみに人と話すから犯罪にニアミスする」のであれば、
大抵の人間は、防犯のためには、どんな些細なコミュニケーションもしてはならないことになるではないか。

この「契約申し込みをしたことにされた」一件は、昨年だったと思う。
この経験から私は何を学べばよいのか、
そもそもこれはいったいどういう経験であったのか、
折に触れ機に触れ、
私はいまも、考え続けている。

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