おそらくは複合的な悲しみ 

何を「大人」と呼ぶのかは、人によって著しく違う。
M・エンデは「生涯、自分は断固として大人になることを拒否してきた」
とどこかで語っているのを読んだことがあるし、
細野晴臣氏が、「人間の9割は大人にならずに死んでいく」
とラジオで語っているのを聴いたことがある。
「大人とは20歳以上の人間のことである」という人もいれば、
「大人とは一人で生きる糧を手に入れる人間のことだ」と言い切る人すらいる。

大人とは、必ずしも年齢や経済だけで線を引ききれるものではないらしい。
そして、大人になることは、必ずしも義務ではないし、
大人になることがいいこととも限らないらしい。
「大人」という言葉のイメージは、意外なほど多様で、複雑である。

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大人であることの要素として、私としては、
「複雑化」を挙げたい。
気付かなかったことに気付くようになったり、
見なくていいものを見てしまったり、
やってこなかったことをやらなければならなくなってきたりして、
人生の“タスク”が増えていくこと。

体験のタスクも、増えていく。
いままで一様に聴いていた音楽も、別様に聴こえるようになってくる。
若い頃「つまらん。」と聴き流していた音楽が、
ああ、ここにはこういう楽器を使っているな、
ああ、ここの和音はこうしてあるな、
ああ、これはきっとこういうマイクを使っているな、
ああ、これを演奏するのは難儀なことなのかな、
ああ、これを録音するのに何日くらいかかったのかな、
ああ、この譜面を書くのは途方もないことだろうな、
ああ、これはあのソフトウェアを使っているのかな、
ああ、この曲を発売するのにいくらお金がかかったのだろう、
――そういうふうに、どんどんと、際限なく“聴こえてくるもの”が増えていく。

音楽ですらそうなのだから、
日常生活は、この比ではない。

先日、電車の中で、ちょっとしたトラブルに遭遇した。

満員電車で、「すいませーん、降りまーす」と声が聞こえる。
人の塊が、僅かにこちらに移動する。
直後に、何かわからない、外国語らしい怒号が聞こえる。
最後の、外国訛りの「バカヤロウ!」だけが聞き取れる。

若い頃であれば、「あ、なんか嫌なことが起きた」と、
身を固くして心を閉ざしてやり過ごしていたようなこと。

今では、起きていることに、想像力が届くようになってしまった。
ああ、降りるようなそぶりを見せても周囲が動かない時代になってきた、
ああ、「降ります」と声を出しても聞こえない人が現れた、
ああ、この人はどういう事情で日本に来たのだろう、
ああ、日本語の「おります」はわからないが「バカヤロウ」は言える、
この人の身の周りにはどんな日本人がいて、
どんな日本語を聞いて毎日を暮らしているのだろう、
自分が同じ境遇になったら同じように「バカヤロウ」と叫ぶようになるのだろうか、
「バカヤロウ」と言われた人はどんな思いでそれを聞いただろうか、
――5秒ほどの間に起きた出来事でも、果てしなく心に流入し、その余韻は延々と続く。
以前なら「バカヤロウ」と外国訛りで怒鳴る人の精神生活を想像しなかったし、
外界の流入を受け止めて押し返す気力が、もっとあった気がする。

「わかるようになってきた」のか、
「老化が始まった」のか、
あるいは、その両方か。

何を見ても、何を聞いても、
心がマルチタスクにそれに反応してしまう。
狡猾な迷惑営業電話をかけてくる人の、
置かれている環境や課せられているノルマも想像するようになってきたし、
レストランの隣の席の、
「正社員にさえなれればさぁ」という声も心に刺さるになってしまったし、
車窓から見る田舎道のパチンコ屋のお客さんや働いている人の生活、
道路工事をしている人の人間関係、
スーパーやコンビニに荷物を下ろす人の疲れ方、
そういった、“こちらに向けられた攻撃ではないもの”までが、
果てしなく心に流入するようになってきたのだ。

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そんな中、
昨日、その「悲しみ」は起こった
一歩外に出れば、いや、外に出なくても、
果てしなく、無数に、間断なく、
しかもそれぞれに矛盾しながら、
際限なく心に流入するものたちが、
私の中で、何か巨大な、途方もなく巨大な、「悲しみ」の形をとった。
それが「私の悲しみ」なのかどうか、自分でもよくわからなかった。
悲しみを“知覚”した、或いはその悲しみの“存在そのもの”に曝された、
とでもいうような体験。

それは、一人の人間が持ちこたえられる規模の悲しみではなかった。
おそらくは、この世の誰も、決して持ちこたえられる悲しみではなかった。

私があと10歳若くこの悲しみを知っていたら、泣き崩れていた気がする。
私があと20歳若くこの悲しみを知っていたら、気を失っていたかもしれない。

この悲しみを知った私は、その時、
特に変化しなかった。
私は、この、おそらくは複合的な、巨大な“悲しみ”が顕現したとき、
キッチンで小松菜を切っていた。
小松菜を切りながら、
ああ、この世界にはこれほどの悲しみが存在するのか、
ああ、こんな悲しみは人間が受け止められるものではないな、
ああ、これほどの悲しみに人間が堪えられるはずはないな、
ああ、この悲しみを知らずに生きる人もたくさんいるだろうな、
と思いながら、
小松菜を切る手が、ほんの少し遅くなっただけだった。
そして小松菜を切り終わり、次の日常動作を始めた。
その日常動作、つまり「生活」をしながら、
その、ありえないほどの“悲しみ”に、曝され続けた。

その真っ暗な余韻は、今も消えてはいない。
――また少し、大人になったのかもしれない。

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