ジャングルジム・フラッシュバック 

フラッシュバック。「過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出され、かつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しい場合」のこと。】

病院の帰り。時間が空いたので、ちょっと寄り道して、散歩しながら帰ろうと思う。
脇道にそれ、誰もいない公園に入る。
誰もいない公園で、ベンチに座る。
ぼうっと、風を感じてみたり、木々の音を聴こうとしてみたり、
午後の光を感じようとしたりしてみる。

そのとき、何か異様な感覚が沸き起こってきた。
最初は、何が起きたのか、わからない。
みるみる時空が変容し、名状しがたい“体験”が始まる。
自分の上半身に、「雷鳴のような何か」が、降り注ぐ。
バタバタバタ、と音のような衝撃が、ありありと“聞こえる”。
その、雷鳴のような、雷雨のような、
バタバタバタ、という衝撃の連打、その一打一打が、
運動靴の足であることが、ありありと見えてくる。

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小学生時代。
私は、空を見るのが好きな少年であった。
屋根に上って、仰向けに横たわる。
上から下まで、視界全部が、空になる。
これ以上広々とした光景など、存在しない。
空はいくら見ていても飽きない。

あれは、とても気持ちのいい空の、
昼休みのことであったと思う。
その小学校には誰も使わないジャングルジムがあって、
私は、そのジャングルジムの一番上に登り、
そこに仰向けになって、空を眺めていた。
うむ。これ以上美しく、広々とした風景はない。

その広々とした視界に、四方から、
黒い影がフレームインしてくる。
上体を少し起こして見ると、見知らぬ人たちである。
背丈から、上級生であることがわかる。
「おまえ何やってんだよ。」一人が口を開く。
「なんにもしてない」と私は答える。
「なんにもしてないっておまえ、息もしてないのかよぉ。」
「?、息?‥息はしてるけど‥」
“けど”を言い終わる前に、別の一人が「やっちゃぇ」とつぶやく。
次の瞬間、3~4人の上級生が、
ジャングルジムの上で仰向けになっている私を、
一斉に蹴り下ろし始めた。
私はめちゃめちゃに蹴られていく中で、ジャングルジムの中央から、落下する。
何が何だかわからず、思わずジャングルジムの縁を両手でつかむ。
上級生たちは、縁にしがみついている私の手と、見上げる私の顔を、
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。蹴る。
ジャングルジムの内側を、蹴られながらぐしゃぐしゃに落下し、
地面に着地したことは覚えている。
上級生たちがどうやって帰って行ったか、覚えていない。

そのあと、幸いにも同級生の“クラス内でのいじめられ仲間”みたいな友達が、
その光景を目撃していてくれていて、
動けなくなっていた私をジャングルジムの中から引っ張り出してくれた。
その同級生が担任に報告してくれ、
学年を跨いだいじめが発生しているらしいと、
職員会議で問題になったらしい。
そのいじめ(というか、もはや集団リンチ)は、
突然生じ、突然終わり、
そのあと、2度と起こらなかった。

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――そんなこと、数十年も忘れ去っていた。
それを、まさに今、ありありと、追体験している。
バタバタと降り注ぐ半ズボンの足をありありと体験しながら、
なぜ今これを体験しているのか、
公園のベンチに座ったまま、目を泳がせる。
目の前に、ジャングルジムがある。
そうだ、さっき自動販売機でコーヒーを買って、
このベンチに座って、コーヒーを飲んで、
耳を澄ませたり日差しを浴びたりしている間じゅう、
目の前に、このジャングルジムがあったのだ。
ジャングルジムが視界に入って、5分か、10分か。
そんなに長く、目の前にジャングルジムがあったことは、
ここ数十年なかった。
その出来事を忘れていても、
ジャングルジムを特に気にしていなくても、
ジャングルジムが視界に数分間入っていたことが、
無意識をトリガーし、今、こうして、
フラッシュバックが起きているのだ。

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ここからが本題。
私は、40年くらい前の、忘れ去った出来事を、
ありありとフラッシュバックした。
人間の無意識には、たいていのものが、
しっかりと残っている。
そして、とても重要なことだが、
私は、このフラッシュバックを、
かなり冷静に体験できた。
「うわうわなんだこれすげー、
今まさに体験してるみたいだ、
うわうわ足だこれ運動靴が降り注ぐなんだこれ、
そっか子供の頃のあれか、すげー、うわすっげー」

と、当時の驚きや恐怖を追体験しつつも、もう一人冷静な自分がいて、
半ば冷静に、半ば感心しつつ、その体験を観察することができたのだ。

アルバム「for Butoh Vol,2」のテーマ「人は、自然はなぜ治るのか」ともかぶるのだが、
やはり、非常に不思議なことに、
人間は、非常にゆっくりと、おのずから治るものらしい。

もちろん、最近は、トラウマの治療法もすっかり進化したし、
精神科、神経科、心療内科の敷居もすっかり下がったので、
こんな話が参考になるか、励ましになるかどうかわからないけれど、
いまフラッシュバックに悩んでいる方、もしかしたら、それ、
40年ぐらいすると、ちょっと面白がれるくらいには、
快復しているかもしれないです。
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追記。
ところで、あのとき、私を蹴った上級生たち。
彼らは、どうなるんでしょうかね。
なぜそんなことをしたのかは、
「原始的な供儀の本能が顕在化した」とか、
犯罪心理学とか文化人類学とかで、
今やだいたい説明できますよね。
そういう原始的な本能に捕らわれて、
人を踏みつけてひとしきり盛り上がった体験をしたとして、
どんな出来事も、無意識の淵に沈み、
完全に忘れ去られても、
それは決して、消えて無くならないわけです。
その経験は、何十年か経って、
彼らの中で、どんなふうに、息をしてるのでしょうか。
それは、彼らの中で、どんな“治癒”を引き起こすのでしょうか。

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