一様性を含みうる 

日本について、近年よく耳にすること。

●高齢化が進む。
2012年の段階で、
認知症による徘徊によって行方不明になった人が約1万人だったそうだ。
ということは、あと10年か20年すれば、
名前を聞いても住所を聞いてもわからないお年寄りが、
他人の家に入ったり、線路に入ったり、
そんな状況が爆発的に増えることが、容易に予想できる。

●人口は減少し、移民は増える。
人口分布を見て、日本の、とりわけ大都市部の
空き部屋率や容積率などを考えれば、
何をどう考えても、外国の人は増える。
欧米の大都市では既に半分が外国人だというし、
オリンピックだって海外の市場と労働力を呼び込むためにやる(と思う)ので、
ヘイトしても、とまらない。
もう既に、私が住んでいる地域を歩いていると、
外国語で話す人の声ばかり聞こえてくるし、
「何語」なのかすら、多様すぎてわからない。

「多様性に起因するほんとうに深刻なトラブル」を、
まだまだ私個人は経験していないけれど、
国境も線路も曖昧になって混乱・多様化していく未来を想像すると、
不安と恐怖に苛まれることがある。

「お前さえいなければみんなが一つになれるのに」
と昭和期に詰られ続けて大人になって、
その怒りと恨みのエネルギーで成人期の大半を生きてきた私が、
今や、来たるべき多様性に、少し、怯えてはじめている。

この不安が強くなると、私はよく、
1960年代からドローンを紡ぎ、
今もニューヨークのアパートでドローンを聴き続けているという、
ラ・モンテ・ヤングのことを思い出す。
ニューヨークという多様な坩堝の中で、
40年、50年と、単音・持続音を生き続けている人。

多様性には、一様性も含まれうるのだ。

一様性を好む人がいる。
静けさを、単調さを希求する人がいる。
多様性というとき、そういう人々の存在も含まれるべきであるし、
その“一様性の保持を多様性に含める”ということは、きっと、可能だろうと思う。
気づきさえすれば。
真剣に考えさえすれば。

そう、自分に言い聞かせている。

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