無明の分水嶺 

ここ数週間、
「モラルハラスメント加害者」と「妙好人」の違いについて考えている。

モラルハラスメント加害者は善を自覚する究極の悪人であり、
あまりに凄まじい悪なので、
事例を読んでも、経験しない人には、
「何が書いてあるのか解らない。」
あまりにも不可解であり、それでいて言語化するとあまりにも平易であるので、
軽々しく「俺ってモラハラ気味なんだよねー」と口にする人もいる。

妙好人は悪を自覚している究極の善人であり、
あまりに凄まじい善なので、
記述を読んでも、経験しない人には、
「何が書いてあるのか解らない。」
あまりにも不可解であり、それでいて言語化するとあまりにも平易であるので、
軽々しく「私けっこう他力本願なんですよー」と口にする人もいる。

この2つの源泉が、同じエネルギーであるかどうか、ということ。
“無分別智”と呼ぶらしいが、その無明エネルギーには、
2種類あるのか、全く同じエネルギーなのか。
同じエネルギーであるならば、それを善悪に振り分けているものは何なのか
そのことを考えている。

考え続けてはいるが、
要は言語による思考・表現の“あちら側”で生じていることなので、
殆ど思考の歯が立たない。
なので、酷たらしい人生経験を通じて、
丁寧に体得していくこと。
そして、自分はいつでも妙好人になれるし、
いつでもモラルハラスメント加害者になれる、
そういう状態に“なる”こと。
そして、それを、行使しないこと
刀を抜かない侍のように。

言うは易し。
体得は筆舌に尽くし難し。

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