注がれた心血 



注がれた心血はどこに消えるのか という問いに対して
梅の枝の行き先に 答えが見えたような気がした
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蛇足追記。

過日、40年ほど前に心血を注いで録音していたカセットテープのほとんどを、廃棄した。
中身は当時心血を注いで録音していた「FM放送で流れている音楽」が大半であった。

当時、ほとんどの学生はレコードを買うようなお金もなく、
好きな音楽を何度も聴くために、FM放送を必死で録音していた。
テープ業界もそれを分かっていて学生向けにカセットテープを売っていたし、出版業界もそれを分かっていて、何日の何時からのFM番組でどんな曲が流れるのか、その番組表を載せた雑誌を刊行していたし、放送業界もそれを分かっていて、DJ―今でいうパーソナリティは、イントロに自分の話をかぶせなかったし、曲のフェードアウトもしなかった。(そういうことを1回でもする番組を、音楽好きは2度と聴かなかった。)
その、「1回放送される曲」に対して、編集することもなく、
自分好みの選曲で、自分好みの曲順のカセットテープを作っていったのだ。
今でいう「プレイリストの作成」みたいなことを、数か月の渾身で作っていたのである。

今思えば、なぜあれほどの心血を注ぐことができたのだろう、と思う。

そういうカセットは、数年たてば、聴くことはなくなっていた。
そういうカセットを、聴かなくなって30年程経過した今、
思い立って廃棄したのであった。

あの猛烈な集中、あの大量の心血は、
どこへ消えていったのだろう。
あの行為に、何の意味があったのだろう。
あの体験は、どんな風に、今に生かされているだろう。
そう思った時に、
鋭角的に曲がりながら、天へと消えていく、
梅の枝に思い至ったのだった。

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