「重油と海」 

完全な闇。一直線の意識。
まっしぐらに紆余曲折していく。
一瞬前も一瞬先も消え去る。
時間から味わいが無くなる。
無感情なまま眠る。
まるで眠っていなかったかのように、
昨夜と全く同じ意識で唐突に目が開く。
身体を壊さなそうなものを食べる。
味は感じない。自動的に口が動く。
一切の感情と感覚が途絶え、
音楽の持つ感情と感覚を凝視することだけに、
生活の全エネルギーを使用する。
そこに希望も絶望もない。喜びも哀しみも無い。
希望も絶望も喜びも哀しみも、観察の対象となって、
音楽の中になぞられていく。
冷静さや自己省察とは全く違うもの。
あらゆる感情、あらゆる感覚、あらゆるイメージ、
あらゆる言葉、あらゆる音色、あらゆるデータ、
あらゆる配線、あらゆる知識、あらゆる希望、あらゆる絶望を、
夜空の星のように見上げている。
私は私の下に下降しているのだ。

思い出した。こういう風に音楽が作られていくこともある。


あまりにも多くのイメージをパッチワークのように織り込んだので、
気の利いたタイトルをつけることがうまく出来なかったが、
公演で曲名が重要になるとは思えない。
「重油と海」というタイトルを(一応仮題として)付けた。
「海と重油」でないのは、英語にした時の子音の流れを考慮したまでのこと。

そういうわけで、
金沢舞踏館公演重油との戦いの音楽は、
近年の舟沢の中では飛びぬけて命を削って音に塗り込めてあります。
舞踏の構成を考慮して作りましたので、
今後もそのままの形では発表はしないと思います。
(編曲版をアルバムに入れるとか、編集したものをmyspaceに流すとかはあるかもしれませんけど)
ですので、これを聴く機会は今回のシンポジウムだけの可能性が高いです。
どんな音響設備なのかも知らずに作ったので大きなことは言えませんが、
とりあえず、
宜しくお願いします

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