「元型ドローン1-10」視覚イメージのHow 

そもそも何を実物と呼び何を複製と呼ぶのか、
考え出したら切りがありません。
大理石で彫刻を作ったら、
大理石が実物なのか、彫った形が実物なのか。
彫った形が実物ならば、それを3Dプリンターで再現すれば、
それは全く同じ価値を持つのか。

録音された音楽は生演奏の模造品なのか。
コンピューターで音楽を作ったら嘘か。それを録音したら複製品か。
ならばCDに感動したら、その感動は錯覚なのか。

こういう話はいくらでも続けることができるし、
厳密な答えだって出やしません。
頭のいい人が出した答えを読んでみても、
ずいぶんと難しい文章になってたり、
作り手にはそれほど参考にはならなかったりするものです。

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和紙を数種類、洋紙を数種類、
いくつかの絵の具、墨、水墨画用の青墨を用意し、
色々な方法で、円相を作っていきました。
(筆を使ったとは限りません。色々と試行錯誤しました。)
どれぐらいの数、円相を作ったのかは、数えていません。
後で混乱しないよう、入念に作っていったので、
百も作っていないと思います。数十といったところでしょうか。
その中から、
「これが元型ドローン1-10のジャケットイメージになりうる」
という円相を選び出し、スキャナーで取り込み、
コンピューターでイメージを延々と追い込んでいきます。
そうして、元型ドローン1-10のジャケットというか、
イメージ画像が出来上がります。


これの高解像度版が、音楽ファイルに埋め込まれたイメージになります。

この出来上がった画像を、コンピューターで、白黒にします。
陰影を完全に消し去り、左右を逆にします。

a_drone_gyaku1.jpg

これを小さくプリントアウトし、
篆刻(てんこく)用の印材、つまり印鑑を彫る石に貼り付け、
それをガイドに自力で石を彫っていきます。
(これについては制作中にブログに書きました
うまくいかず何度もやり直しましたが、
何とか買い込んだ石が尽きる前に、彫り終えます。
掘り終わったら、貼ってあった紙を洗い落として、印鑑完成。

a_drone110_inkan1.jpg

朱肉をいくつか試し、
結局水墨画や書道で落款を押す時に使う、
印泥(いんでい)にします。
一つ一つ、自分で集中して押していきます。

a_drone110_syuugou1.jpg

ここまで来るのに腱鞘炎との戦いとか、いろいろありました。

(紙をどうやって作ったか、文字部分をどうやって作ったかは、割愛します。)

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さて、このように、
イメージ→和紙と墨で具現化→スキャン→PC加工で具現化→完成
完成イメージ→再加工して出力→石に自力で転写→紙に捺印して具現化
という流れで出来上がった円相ですが、
これらは、実物でしょうか。それとも複製・模造品でしょうか。

いや答えて欲しいわけではなく、
思考を挑発するつもりもないんですが。

名状しがたいものの顕現を実現するために、
私は、日々、思考しています。
WhyやWhatは、大抵“あらかじめ答えがある”ことが多いものです。
(WhyやWhatは、言語化が難しいだけ。)
難しいのは、How
Howの思考に、かなりのエネルギーを使うのです。

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元型ドローン1-10

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実物の画像

「沈黙 -サイレンス-」所感 

少し前、沈黙 -サイレンス-という映画を観ました。
マーチン・スコセッシ監督が、遠藤周作の小説「沈黙」を映画化しようとしている、
という話を聞いてから、もう何年もの間、
・あの原作がうまく映画化されなかったらどうしようという不安
・あの残酷な原作がうまく映画化されたらどうしようという期待と不安
その両方に苛まれてきました。

実際に観てみたら、あの残酷な原作が、
じつにうまく映画化されていました。
私はこの映画を、傑作だと思います。

本当にいい映画というのは、
観た後に自分が少し違う人間になったように感じるものです。
いい映画というのは、人生経験のようなものですから。

そして、深い人生経験をした後と同じように、
軽々しくその経験を語るものでもない、と感じています。
そもそも、私はこの映画を観終わった後、殆ど言葉を失ってしまい、
意識をどうにか平常運転に戻すのに、五日ほどかかってしまいました。
「あれ面白いぞー」と気軽に吹聴するような作品でもありません。

ですから、そのまま、ブログなんかに書かず、
それこそ“沈黙”していよう、と思っていたのです。

が、あちこちでレビューのようなものを見て回ると、
観た方の多くが、歴史としての側面、
宗教としての側面、東西文化としての側面、
そして国家や政治の側面から、
この映画を批評しておられます。

もちろん、そういう側面も大事です。
それらの側面から観ても、充分な説得力を持つよう、
入念に作られています。

ですが、この映画の本質を、
私としては別の所に見ていたので、
そのことをちょっと書いてみます。

(以下、多少のネタバレがあります)

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かつては、人間存在の不可侵なる部分というのは、
殆どの人にとって、特定の宗教であったのかもしれません。
言い換えれば、ある程度、共有できたのかもしれません。

しかし、現代に於いては、自分の全存在よりも大切なもの、
絶対に踏んではならないもの、踏むことができないものは、
私たち一人ひとりが、自分の奥深くに、
個別に持っているのではないでしょうか。
息を殺して隠し抜き、
時として、信頼できる人にだけ、命を賭けて、
そっと、開示したりしていないでしょうか。

そして、その存在に気付かず、
あるいは気付いてもそれがそれほど重大なものだと気付かず、
(あるいは半ば気付きつつ、)
それを踏むように仕組んではいないでしょうか。

そして、そうやってかけがえの無いものを、
踏まれてしまった人、踏まされてしまった人は、
自分以外の人が隠し持っている、
その人の深奥にあるかけがえの無いものを、
何とかして探し出して、
自分で踏みつけよう、あるいは本人に踏ませようと、
暗い情熱を燃やして人生を生きてはいないでしょうか。

内なる神殿を壊すこと。
内なる神殿を壊されること。

私は、この映画を、本質的には、
現代の私たちの問題として観ました。

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出演なさっている役者さんのインタビューをYoutubeで見ていたら、
とある役者さんが「これは使われないだろうけど」と前置きして、
「踏み絵は心のままに踏みたければ踏めばいい」としつつ、
原発をはじめとする時の政府の政策に対する強い批判を口にしておられました。

ところが、さらにネットを見回ると、
その政府の最高責任者、要するに現在の総理大臣が、
SPを引き連れ、この「沈黙-サイレンス-」を観たことが伺えます。
何件も目撃談が出てきます。

昨今の激務の中、SPをつれてわざわざ観に行ったということは、
これを書いている時点での現・総理大臣もまた、
おそらくは原作を読んでおり、
映画化されたのを知り、多忙の合間を縫って時間を作り、
強い意志で観に行ったという事だと推測します。

特定の誰かを批判したり擁護したりするつもりはありませんが、
その役者さんが批判なさっている、
原発の問題、弱者の問題などは、
今の総理大臣は、全部熟知なさっているのではないかと思うのです。
いま原発を止めたらどうなるか。止めなかったらどうなるか。
原発輸出を取りやめたら、それに関わる人々や、そのご家族はどうなるか。
原発輸出を取りやめたら、地球環境はどうなるのか。
(そのとき他国の原発輸出はどうなるか。その価格と信頼性は。)
経済が止まったら弱者はどうなるのか。
そういうことを、批判なさっているその役者さんより広範囲に知悉しおり、
その上で政治をやっておられるのではないかと思うのです。

ですから、もしもその役者さんの批判を、
今の総理大臣が耳にしたとしても、
「はい。私、踏み絵、踏んでます。」と心の中で思うのではないでしょうか。
役者さんが自らの良心・信念に従って、
「踏み絵は踏んだらいい」と言いながら、言葉で総理を踏みつける。
総理はそれをわかりきった上で、政策という踏み絵を踏む。
その政策は誰かを救い、誰かを踏みつける。
踏まれた人は、また別の誰かを踏むのかもしれません。

どこか途方もない遠く、あるいは思いがけないほど近いどこかで、
「踏むがよい。そのために私は生まれてきた。」
と、声がするような気がするのは、私だけでしょうか。

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演技や撮影についての賛辞は、ネット上にも多くありますので、
私からは、「音」への賛辞を送りたいと思います。

今の時代に、ここまでのサウンドスケープの録音は、
真に大変だったことでしょう。
Youtubeのメイキングを見ると、要所要所で後ろに
救急車らしきサイレンが入ったりしています。
クリアなサウンドスケープを長時間録ることは、
現代では不可能に近い難行のはずです。
サイレン、飛行機、バイクの音が数分経たずに入ってしまう。
一体どれほどの技術と忍耐が必要であったろうか、と思います。

そして、その繊細極まりないミキシング。
とりわけ、音の鳴り止み方の巧さ。

真に残酷な瞬間、人間の心の中で、音は、しばしば、鳴り止むのです。

終了:「元型ドローンVol.13」 

舟沢虫雄 (Mushio FUNAZWA)
電子持続音ライブ
「元型ドローンVol.13」
は、終了しました。
ありがとうございました。
live170319snap.jpg
追記/補足を読む

ドローンと信頼 

まず初めに検索でこのページに来られた方のために申し上げておきますと、
以下に書かれている「ドローン」というのは、「持続音」「通奏低音」といった、
音楽的な意味合いです。空を飛ぶドローンのことではありません。

また以下は、特定の楽曲や特定の音楽家を批判するものではありません。

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まず、何らかのサウンドソフトをインストールします。
「生成」とか「シンセサイズ」といった項目をメニューから選びます。
そうすると、「波形」の選択がだいたいプルダウンメニューから出てきます。
で、そこから波形を選び、周波数を入力し、生成時間を入力します。
ここで仮に、「100Hzの正弦波を10分生成する」、と入力します。
これだけで「100Hzの正弦波が10分鳴り続けているドローン」ができます。
これができ上がるのに、正味、数秒しかかかりません。
10分間のドローンを作るのも、1000分間のドローンを作るのも、
このやり方だと、殆ど時間の違いはありません。
(生成時間に上限を設けているソフトもありますが、
ファイル末尾に同じ工程で挿入していけば、いくらでも時間は伸ばせます。)

私は上記のような「作品」を作ったことがありませんし、
こういう事をやった人がいるかどうかも知りませんが、
要するに、
「ドローンはいくらでも手を抜ける」
という事実があります。
これは別にドローンでなくても、
ノイズでもテクノでも、ある種の美術であっても、
事情は同じと言えば同じです。
受け手の目や耳にゆだねられる。

ですが、ちょっとドローンだけ事情が違うことがあって、
それは、デジタル技術を使えばどんな時間でも作り出せるということです。
1秒なのか、20時間なのかは、数値入力だけで決めることができる。

ドローンの場合、
「これはちゃんとしたものだ」とか、「これは駄目なんじゃないか」とか、
判断するのに、かなりの時間がかかります。
誠実に判断するのなら、(あたりまえですが)全時間通して聴き切らないと、
そもそも1回聴いたことにすらならない。

1回通して聴いてみて、じつは適当に数値入力してそれっぽくしてるだけでした、
なんてことは、4分間のポップスよりも、ずっと“あってはならないこと”だと思うのです。

言葉で飾っておくことだってできます。
「100Hzの正弦波が100分続く」のでしたら、

正弦波-サイン・ウェイブ。それは”純音”とも呼ばれ、
あらゆる音の基本。これ以上分割することのできない、純粋な音。
その振動が1秒に100回繰り返されることによって、音として響き渡り、
それが100分間続きます。
つまり、あなたは、純粋な振動を、60万回体験することになるのです。


私は宣伝文句がへたなのでうまい文章ではありませんが、このような、
「嘘ではないけど全然たいしたことはない、
でも専門外の人が読んだらなんだかすごそうな気がしてくる文章」
を添えとけば、なんとなく格好はつきます。

何でも最終的に受け手にゆだねられるのは同じなんですが、
ドローンは他の音楽より聴くのに時間がかかり、
他の音楽より思考で捉えられる要素が少ないので、
信頼って大事だな、と思うのであります。

つまらない話で失礼しました。
3/19(日)のライブ、「元型ドローンVol.13」の準備を進めます。

謹賀新年2017 

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


今年も、大晦日深夜~元旦12時をまたいで、
年越し坐禅をさせていただきました。
終了の鐘が鳴り、禅堂の天井を見上げたとき、ふと、
これこそ「盲亀浮木」というものか、
禅堂でこうして坐禅をしている自分はどれほど幸運なことか、
禅師も、特にお金になりもしないのに、よくぞこんな舟沢を導いて下さるものだ、
と恐縮してしまいました。



数年前、恐山で購入した飾りろうそくも、
これが最後の一本だったようです。
皆様にとっても、よき一年でありますように。

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最後に、ちょっと早いですが告知させていただきます。
次回ライブは、3/19となります。
詳細は後日。
よろしくお願いいたします。